なるほどね、幽霊姿のシャーリーと楽しむために、ああしてカーテンで隠していたのか。 やはり幽体である彼女も、身を隠しているのは疲れるらしい。 先ほど、ぽんと車内へ姿を現したときには、うーんと気持ちよさそうな伸びをしていたものだ。いや、さすがは未来の猫型……ではなく、魔導竜ウリドラだね。 かき氷を飲み込むと、僕とシャーリーは揃って頭をキーンとさせた。 しかし片道たったの1時間という観光だったけれど、皆はすっきり明るい表情をしている。せっかく日本へ来たシャーリーのため、行きたがっていた庭園を選んだけれど、マリーやウリドラも楽しめているようで良かったなぁ。「あ、そうだ。海への旅行も組まないといけないね。今日は月曜だから薫子さんもお休みかな」「あら、旅行先の相談をするのね。良いじゃない、もし都合が良ければ夕飯も一緒に食べましょう」 すぐ横から嬉しげな表情を少女は見せてくれ、同時に僕も安心する。というのも以前のマリーは有名なほどの人嫌いで、おまけにこの日本で唯一のエルフだ。それがいつの間にやらご近所との触れ合いを楽しんでいることに、僕は人知れず喜んだ。 さて、旅行先はこれから相談するとして、残された問題はひとつきりか。 つい先ほどまでは大丈夫と思っていたけれど、かき氷を食べたあたりで流れは変わった。つまりは僕の膀胱がそろそろトイレへ向かいたがっているのだ。 とはいえシャーリーを困らせるのも避けたいし、コンビニのトイレなどではすぐ外で待ってもらうのも難しい。もし誰かに見られたりしたら大惨事になりかねないからね。 もうひとつ思いつく方法は、仮眠をして夢のなかでトイレに行くということだ。しかし尿意を覚えながら眠れる自信は……あまり無いね。うーん、困ったぞ。 それにしても不思議なのは、僕とシャーリーの関係だ。 今は宿主として憑依されており、食べたものの栄養や味覚を彼女へと送っている。そうしないと彼女から体力を奪われ、猛烈なだるさに襲われてしまうらしい。「ウリドラ、どれくらい栄養を摂るとシャーリーは安定するのかな。目安とかあると僕としても助かるんだけど?」「個人差によるのう。何度か痛い目に合えば、おぬしの事じゃから本能的に覚えるじゃろう」 うん、すごく乱暴な目安で安心するね。 ただ「個人差」という表現は少し気になるかな。いったいどういう理屈になっているのだろう。 そう尋ねてみると、彼女の黒い瞳はこちらを向いた。「うむ、宿主と幽体、その間に溝があると、より強く身体に障るとわしは考えておる。いわば精神的ストレスじゃな。幸いなことに、おぬしは彼女から好かれておるようじゃから溝を気にする必要はない」 あわっ、とシャーリーは驚いた顔をし、それから「違います」と言いたげに両手を振る。バックミラーには彼女の弁明する顔がアップで映り、パタパタ手を振る可愛らしさに、思わず吹き出してしまいそうだ。 ……けど、いま両手を離してなかったかな? あれぇ、憑依中だから僕の肩を握っていると思っていたのに。 なぜかエルフさんは薄紫色の瞳をじーっと彼女へ注ぎ、シャーリーは透明の肩をビクンと震わせる。そして恐る恐る振り返ると、今後は彼女へパタパタと手を振り弁明をし始めた。 その様子を眺めていた黒髪の女性は、端正な顔をくしゃりと歪める。「くはっ! ははは! 第二階層主がエルフにペコペコしておるぞっ! ほれ一廣、車を停めて写真を撮らぬか」「~~~……っ!」 おお、温厚なシャーリーが珍しく「むっすぅー」と眉間へ皺を寄せたぞ。そして本格的に僕から離れると、半透明な身体をゆっくりウリドラへと重ねてゆくけれど……。「こらこら、やめぬか! せっかく食べた栄養が……んはは! こそばゆい!」 なるほど、これが身体に障るということか。 あ、ちょうどいい。せっかく身体から離れてくれたなら、この隙にトイレへ行こうかな。 ウインカーを出し、ゆっくり車をコンビニの駐車場へと向けることにした。「じゃあウリドラ、しばらくよろしく」「なぬっ、待たぬか! これ、マリアーベルまで行くでない!」「ウリドラはたくさん食べたでしょう? 羨ましいわ、ダイエットを手軽にできるなんて」 にこりと笑いかけ、エルフさんは扉をばたんと閉じる。 そして炎天下の下に出てから、はたと気づいて彼女と見つめ合う。「あ、ダイエット……」「出来ちゃうかも! んふっ、私の切実な悩みのダイエット、それとあなたのトイレもこれで解消ね」 うん、まさかコンビニへ停めるだけで、お互いの悩みをひとつずつ解決できるとは思わなかったな。そうだ、ついでに薫子さんにも電話しておこうか。もし夕飯を一緒に食べるなら、早いうち連絡したほうが良いだろうし。 夕方も近いというのに、まだまだ日差しは強いものだ。 しかし、かき氷ですっかり冷えたのか、ぺたりと腕に絡みつく肌はひんやりとして気持ち良い。 何やら得をした思いで入口へ歩いていると、マリーはこちらを見上げてきた。「あ、せっかくだから、後でウリドラの憑かれた写真を撮りましょう?」「はは、マリーもなかなかの悪だねぇ」「いいえ、あなたのほうこそ隠れ悪なの。私はちゃんと知っているわ」 そう言い、ぽすんと少女はお尻を当ててくる。 なぜか普段よりもずっと明るい気持ちで、僕らはコンビニへ入った。 ちなみにウリドラは、意外にも元気そうなピース姿で写真に収まってくれたよ。