待ちきれないようフォークを掴み、少女はぷすりとフォークを突き刺した。 メイプルシロップをかけたフレンチトーストは、噛むとふかりと千切れてしまう。ほかほかのせいで卵の甘みが引き立てられ、噛めばじゅわりとバターが溢れる。 ひとくち食べたとたん、エルフさんは「むふっ」と笑みを浮かべ、ぱたぱたとテーブルの下からは足踏みが聞こえてきた。「んああっ……! ふわっふわ、甘さが染みだして……! ちょっと、やめてちょうだい。朝からすごく美味しいなんて、本気で日本に住みたくなるわ」「うん、住んでいいよ。というよりも、ここは僕とマリーの家だと思っているけれど?」 そう言うと、フォークを唇に入れたまま薄紫色の瞳を丸くさせる。 もぐっ、と口内のものをゆっくりと咀嚼し、そして上目使いで見つめてきた。「い、いいの? 住んじゃおうかな。ねえ、ここに住んでも平気? あなたのお邪魔じゃないかしら?」「まさか。というよりも、ええと、住んで欲しいかな」 気恥ずかしさはあるものの、そう感じているのは事実だ。 彼女が来てからというもの毎日が楽しく、それは日本も夢の世界も同じこと。食事に、温泉旅行に、迷宮に、たくさんの遊びを教えてもらっている。 いや、それ以上に純粋にこう思うのだ。ずっと一緒に居て欲しいと。 少女はフォークを皿へ置き、そしてこちらへと手を伸ばした。 当たり前のようにそれを受け止めると、互いの指はテーブルの上で絡んだ。白く細い彼女の指は温かく、ジンとこちらへと体温を伝えてくる。 見れば色素の薄い肌は赤く染まっていた。「で、では、こちらに住まわせていただきます。私の家は今日から江東区になりました」「ようこそ、僕らのマンションへ。そちらの可愛らしい精霊さんも」 宙で漂う精霊は、尾びれを揺らして水滴を撒く。 ふふ、と互いに笑みを浮かべると彼女の親指がゴシゴシと僕の手を撫でてくる。それが何故か無性に嬉しく、僕らは口を開けて笑った。 この日を境に、エルフ族のマリアーベルは江東区に家を構えることになったらしい。