運命の歯車は動き出し、こうしている今も秒針は進んでいる。 古代迷宮への入り口が開かれたときから――いや、きっと「人の時代」となってから、カウントダウンは始まっていたのだ。 しかし文句を言いたい気持ちもある。 腕を組んで歩く様子は、まるっきり恋人なんじゃがのう、とボヤきたくなるのだ。 たぶんシャーリーは犬属性なのだろうと思う。もしも尻尾があったなら、ぶんぶんと振って北瀬と散歩に行きたがる。 そのように感じさせる表情だった。 と、その彼女へ視線を向けた北瀬は「今日は楽しかったかい」と話しかける。 もちろんですと言うようにシャーリーが頷くと、彼もまた「なら嬉しいな」となかなかの笑みで答える。 はたから見ていても、それは彼の人となりの分かる笑みだった。 楽しんでくれると嬉しい。 寂しがったり不安になったりしなければ良い。 いつも友達がいて、今日は良い一日だったと思いながら眠りについて欲しい。 そう考えの伝わる笑みは、ひょっとしたら過去の生い立ちが影響しているかもしれない。彼こそが最も、そのような暮らしを望んでいたというのに。 いや、だからこそ、か。 トクンと胸が鳴るほど、彼の言葉には意味があり、そして強い望みそのものだ。 シャーリーもまた歩みを止め、彼の言葉を受け止める。 なにかしてあげられることは無いだろうか。そう彼女の青空色の瞳は揺らぎ、女神候補はゆっくりと両手を彼へと差し出した。 もしかしたら、人の願いを叶えたいと初めて思ったのかもしれない。 不思議そうな顔をする北瀬を前に、彼女は柔らかな唇を開く。 発声練習をするように、勇気を出そうとするように深呼吸をし――茜色の空の下、半ば解体されたステージの前でシャーリーの歌声が響く。 それは古に滅びたはずの愛の歌だった。 柔らかな声は二重となって広がり、交差をしながら旋律を刻む。つむがれる単語は古代語のものであり、今となれば理解できる者などほとんどいない。 しかし不思議と、その時代を思い浮かべられる。 宵闇色の空を見あげる巨大生物は、そこに安らぎを覚えたろう。やがて流星たちは銀河を飾り、これは良いものが見れたなと思いながら眠りについてゆく。 なんにもないそんな日が、きっと宝物になったと思う。 脈動するような歌声は肌を震わせて、ジンと頭の芯から痺れそうだ。 それは北瀬のみならず、たまたま周囲にいた者たちも同様だった。 形のない歌声は、形のない魂へと届き、ぱっと周囲を輝かせる。 これは……、と魔導竜でさえ思わず呻く。 そして静かに笑った。 あせらずとも兆しは見えている。ならば一人で葛藤などをせず、静かに成り行きを見守るとしよう。 そう思い、再び女神候補の歌声を楽しんだ。