焦りながら見上げたミレーユに、ジャックは真剣な顔で言い放った。 「とにかく殿下を慰めて差し上げろ。思いっきりいちゃいちゃしてこい!」 「い、いちゃ……!?」 おごそかに下された団長命令に、ミレーユは絶句した。もっと壮大なる作戦が繰り広げられるのかと思いきや、予想外の言葉である。 「男にとって、恋人の可愛い笑顔が何よりの心の栄養剤になることもあるんだ。しかもおまえと殿下は今が一番アツアツの時だろう。これ以上の薬はない!」 「や、で、でも、いちゃいちゃってどうやれば? 急に言われてもやり方がわかんないんですけどっ」 そんな漠然とした指令をされても、と焦るミレーユに、一斉に助言と突っ込みが降り注ぐ。 「いつも通りやればいい。ありのまま、普段のおまえを全面に出して行け!」 「そうだよ。呼吸するみたいにいつもいちゃついてたじゃないか」 「むしろどうやればあそこまで周りを気にせずべたべたできるのか教えてほしいくらいだな」 「ええっ、そんな……」 そんなつもりは微塵もなかったのだが、周りにはそう見えるのか。ミレーユはますます動揺して赤くなったが、ここでおたおたしても仕方がないと自分を落ち着かせた。今はリヒャルトの窮地という大変な局面である。今こそ未来の妻の出番なのだ。 「……わかりました。とにかく殿下を癒してあげればいいんですね!」 気合いを入れると、ミレーユはひとまず彼の疲れの原因を探ることにした。 その日の授業が終わると、ミレーユはフレッドが住む部屋へと乗り込んだ。 「ちょっとあんた! リヒャルトを誘惑してたってほんとなの!?」 ミレーユの替え玉を務めるフレッドは、ここでは女性の恰好で過ごしている。寝椅子に寝そべって優雅に扇子を煽いでいた彼は目をぱちくりさせた。 「なんの話?」 「女装してリヒャルトの膝に乗っていちゃいちゃしてた話よ!」 あー、と思い出したようにつぶやいてフレッドは身体を起こす。 「別に、ただ友情を深め合ってただけだよ? リヒャルトが最近構ってくれないから寂しくてさー」 「別の方法で深め合いなさいよそんなのはっ。あっちこっちに誤解を生んでるじゃないの」 「でも彼ひどいんだよ。こんなに美しいぼくが迫ってるのに、ちっともときめいてくれないんだから。彼の美的感覚って一体どうなってるんだろう。心配だよね」 「心配なのはあんたの頭よ! なに残念がってんの!? なんであんたってそう変態なのっ」 「やだな、やきもちかい? もー、ほんとに甘えん坊なんだからー。アハハ」 突っ込みどころがありすぎる兄に疲れを覚えつつ、ミレーユは表情をあらためて続けた。 「まさかほんとにふざけてただけじゃないんでしょ。親友として悩み相談にのってたりとか、ないの?」 「悩み……。うーん、まあ、ある意味悩みかもね、あれ。ちょっとぼくも寂しさのあまり意地悪しちゃったし……」 「えっ!? どういうことっ、どんな悩みなの?」 「そりゃぼくの口からは言えないよ。彼が耐えてるのにばらすなんて。本人に訊いてみたらいいじゃない」 「そうしたいのはやまやまだけど、まともに話す機会がないのよ。だから困ってるんだってば」 「ふうん……」 フレッドは何か考えているようだったが、ふと笑みを浮かべるとひそひそと耳打ちしてきた。 「しょうがないね、罪滅ぼしに協力してあげるよ。こういうのはどう……?」 深夜。寝室の扉が静かに開く。 足音を忍ばせて入ってきたのが誰なのか、目を瞑っていてもわかった。冷たい指が頰に触れ、顔にかかっていた髪を優しく除けてくれる。彼はしばしそのまま黙っていたが、やがてまた静かに寝室を出ていった。 (…………よし) 扉が閉まったのを確認するや、寝たふりをしていたミレーユはむくりと起き上がった。 (せっかくリヒャルトが来てくれたのにもったいなかったけど……。とにかく今は先に上に行かなくちゃ!) 寝間着のまま衣装部屋へ入ると、奥の飾り棚の扉を開ける。その先に細い石の階段があるのを確認し、ミレーユはそれを駆け上がった。先程フレッドに教えてもらった秘密の通路である。 『探検してて見つけたんだ。ぼくの寝室に繫がってるから、そこを通っておいでよ。隠れてればバレやしないさ』 ミレーユの部屋を出て上階に上がったリヒャルトを女官に引き留めさせ、自分の部屋に寄ってもらうのだという。その場に潜入し、フレッドとの会話の中から何か糸口をつかもうという作戦だった。 (正面から訊いても、たぶん気を遣って言わないと思うし……なんとかうまく引き出せるといいんだけど)