カテリーナ嬢が図書館の塔に向かって駆けだしたのを見て、私達も慌ててそのまま追いかけた。 駆けながら爆音のした塔の最上階を見る。暗くて良く見えないけれど、焦げた匂いがここまで漂ってくる。 本当に、グエンナーシス卿が、魔典を奪いに来た……? もし、このまま、救世の魔典がグエンナーシス卿のものになったら……。 ぐちゃぐちゃと息の詰まりそうなことを考えながらも、図書館の建物に入り、中の階段を急いで駆けあがると、一旦広い部屋に出た。 ここはいつも私達が勉強したり一般的な本を読むのに使うフロア。 そこからさらに、奥に進んで、最上階へ続く階段のある場所へと進む。 そして息を切らしながらもたどり着いた場所には、大きな扉が無防備な状態で開かれていた。 魔法に守られ、固く閉じているはずの扉が、開いている。 そしてその開かれた扉の先にさらに階段が見えた。 この階段が救世の魔典が保管されている場所に続く、長い螺旋階段。 非魔法使いである私が、本来なら絶対に入れない場所……。 予想外の光景に思わず立ち止まった私達の中で、カテリーナ嬢が飛び出すようにかけていった。「カテリーナ! 待って!」 そう声をかけてサロメ嬢が追いかけていって、私やアラン達も後に続いた。 以前、救世の魔典を見てみたいと思っていたあの時は、この扉の先でさえ入れなかった。 扉自体に、魔法が仕掛けられ、魔法使いでないと通れないはずのこの螺旋階段。「し、信じられない……! 階段の妨害魔法まで、ハア、解かれている……!」 走りながらアランがそんなことを嘆いた。 妨害魔法……? そういえば、昔、アランから、この螺旋階段にも非魔法使いが登れないような強力な妨害魔法が施されていると聞いたことがある。 ちまたですごい魔法使いと言われているアランでさえも解けないぐらい強力な魔法のはず。 でも、今、非魔法使いである私もサロメ嬢も、カテリーナ嬢の背中を追いかけて登ることができている。 確かに、この螺旋階段には、なんというか、登り辛さのようなものを感じる。 踏み込むたびに違和感がある。 だけど、ちゃんと階段を昇れているので、妨害するための魔法の効果が弱まっている、のだと思う。 ここに侵入した何者かが、何かしらの手を使って、昔からの強力な結界と呼ばれたものを破ったのだ。 本当に、グエンナーシス卿が魔典を奪うつもりで……? もし、このまま駆け上がって、その場所にグエンナーシス卿がいたら、私はどうするべきなのだろう。 あれほどの爆音。もう城の警邏にだって知られてしまっただろうし、もうすでにこちらに向かっているお城の人だっているかもしれない。 グエンナーシス卿が、このまま魔典を奪ったとしても、奪えなかったとしても、もう内戦は避けられないのではないだろうか? それに、グエンナーシス領には、親分も、いる。 もういっそ、このまま……いや、ダメだ危険すぎる! でも、じゃあ、どうすれば……。 ああ、どうしよう。分からない。答えが出ない……! ……いや、落ち着け。 今は階段の駆けあがりに、息が上がっているから、考えがまとまらないだけ。 きっと冷静になれば、やるべきことだってみえる。 それに、まだ確かめてない。この階段の先に、あるものを……! 最初はカテリーナ嬢を追うようにして上っていた階段だったけれど、いつの間にか私が先を越していた。 前方に、最上階に至る場所のあたりからオレンジの光が揺らめているのが見える。 そして、熱気を感じ、何とも嫌な予感を感じながら、とうとう塔の最上階に駆けあがった。 息は上がっているし、足も痛い。 けれども、そんな疲れも吹っ飛ばすぐらいの光景が目の前に見えた。 眩しさと喉を焦がすような熱に、思わず眉をひそめる。 階段を駆けあがった私たちの目の前は炎の海で、その中で一人の人物が立っている。 その人は大きな本を片手で持っていた。「なるほど、魔法で生み出した炎では燃えない仕組みになっているのか」 彼は、そう声を出すと、胸ポケットからマッチを取り出して、火を灯し、本にその火を移した。「そ、それは! 救世の、魔典!」 後ろから駆け上がってきたアランがそう叫んだので、目の前にいる彼が手に持っている本がそれなのだと知った。 黒い表紙のその本。炎の明かりに照らされてその背表紙が辛うじて見えた。