レモンの酸味、そして香草の混じった鶏肉なのだから、凶暴と言っても差し支えのない香りに部屋は包まれていた。当然、彼女らにとってはたまらない。たらりと口元からよだれを垂らし、抱えた黒猫も同じ顔つきをしているものだから、思わず吹き出しそうになる。「ふあ、いまの匂いは何かしら!? ね、ねえ、あとどれくらいで食べられるの?」「40分ちょっとかな。耐え切れないなら、そのあいだお風呂に入っていたらどうだい。しばらく部屋は匂いが充満するだろうから大変だよ」 提案をすると、待ちきれないという風にマリーはその場で跳ね、それから大きく頷いた。「そ、そうさせていただくわ。ああ、これがクリスマスイブだなんて……ようやく理解したわ、キリスト様が偉い神様だという事を」 う、ん……あらぬ誤解をさせた気もするけど、敬ってくれるのだから怒られはしないか。そう思い直して黙っていると、マリーはタオルと着替えを手にふらふらとお風呂場へ消えてゆく。 行ってらっしゃい、肩まで浸かるんですよ。 たまらなかったのはウリドラのほうか。 大好物の鶏肉、それもとびきりの香りを放つ調理法だ。しばらく床でもだえ苦しみ――あれ、喜んでいるのかな――ともかく耐え切れなくなった彼女は布団に頭から突っ込んだ。 ぴんと尻尾を立ててお尻を向けている様子は「耐えろ、耐えるんだ!これを我慢すればご馳走なんだ!」という苦悩が見え隠れしている。たぶんベッドは唾液まみれだろうけれど、今夜ばかりは仕方ないのかな。「ウリドラ、良ければ第二階層広間にも、こういう竈を作ろうか」「にうにうにうにううう゛ーーっ!!」 おやまあ、大賛成のご様子で。 まさかと思うけれど、向こうでも同じように悶え苦しんでいたりするのかな? まあ、そんなはずは無いか、太古の時代から生きている魔導竜様なのだし。 ふと見下ろすと火とかげは頬を押し付け、ふすふすと鼻のあたりのガラスを曇らせていた。 ずるいよ、火とかげ君。そんな顔をされたら吹き出さずにいられないからね。