「これは――カイへのご褒美」 俺の質問に対して、アリスさんは優しい笑顔を浮かべたまま、そう言ってきた。「ご褒美ですか?」「そう、カイはアリスの我が儘を聞いてくれたから。頑張ってくれた子にはご褒美を与える。昔からそうだったでしょ?」 確かにAさんはプログラムが完成すると、よく褒めてくれたし、報酬などにも色をつけてくれた。 しかし、このご褒美はどうなんだろうか……? 確かに凄く嬉しい。 それはもう、お金など比べものにならないくらいにだ。 しかし、同い年の女の子にこんな事をされて喜んでる俺って、周りから見れば痛い奴じゃないのか……? こんなとこ桜ちゃんに見られたら、もう顔を合わせる事が出来ないぞ……。 でも、このまま続けて居たいという俺が居る……。「カイはアリスにとって、凄く面白い存在」「え?」 この膝枕状態に抗うことが出来ていない俺に対して、アリスさんが急にそんな事を言ってきた。「初めてアリスがAとして、カイにメールを送った時の事を覚えてる?」「もちろんですよ。あの時の俺は、どの企業からも仕事をもらえなくて困っていました。そんな時にAさんから仕事をくれるというメールをもらった時は、凄く嬉しかったのを今でも覚えています」 Aさんとの出来事は俺にとって大切な思い出だったから、忘れているはずがなかった。「あの時、カイの事は結構噂になってた。まだ中学生なのにプログラムの仕事をもらおうとしている子がいるって。みんな馬鹿にしてたけど、アリスは中学生からプログラムの仕事をしようとしているのなら、試してみる価値があると思った。だからその中学生に連絡を取り、無理難題を押し付けた」「やっぱり、あれっておかしかったんですね……。初めての仕事が高性能のアンチウイルスソフトってどういう事だよって思ってましたよ……」 俺はアリスさんの言葉に苦笑いしながらも、そう答えた。 まぁ普通に考えてありえないよな……。 あの時の俺はよく作ったもんだよ、本当……。「どれだけ時間がかかっても、諦めなければそれでいいと思ってた。根性のある中学生かどうかを見たかったから。それにもし作れたとしても、早くて二、三年かかると思ってた。なのに、カイは半年というありえない期間でアンチウイルスソフトを作りあげた。あの時は、アリスの読みが人生で初めて外れて、凄く興奮した事を今でも覚えてる」 アリスさんは懐かしむ様な瞳で俺を見ながら、優しく口元を緩ませた。 アリスさん、そんな風に思ってくれてたのか……。 褒めてはくれてたけど凄くあっさりしてたから、当たり前の様に思われてるんだと思ってた。「それからも、カイの成長はめざましかった。当時のアリスは、これからずっとカイに仕事を与えて育てながら、いつか平等院システムズに入れようと思ってた。だけど――」 アリスさんはそこまで言うと、暗い表情をした。 俺達の仲を引き裂いた、あの時の出来事を思い返しているんだろう。 あの出来事は、未だに俺達の心に根強く残っている。「アリスは、今の社会が凄く嫌い。アリスの大切な物を奪うばかりするから……」「アリスさん……」 俺はアリスさんの表情に、なんとも言えない気持ちになった。 俺もこの社会が嫌いだ。 人を食い物として見る人間ばかりで、足を引っ張る事しか考えてない人間が多い。 俺はKAIとして生きてきて、そういう人間達をたくさん見てきた。 きっとアリスさんも、同じように汚い人間ばかりを見てきたのだろう。