ここ江東区にも本格的な冬が訪れ、見上げれば夜空もどこか寒々しい。月は厚い雲に覆われ、おぼろげな光だけが見えた。 今夜は冷えるだろうという予報の通り、ときおり冷たい風が吹きすさぶ。身を縮こまらせ、耐えきれず少女は身体をピタリとくっつけてきた。どうやら僕は風よけとして使われるらしい。「今夜は冷えるみたいだ。マフラーを持ってくれば良かったね」 そう言いながら腕を伸ばして抱えると、少女は本格的に抱きついて来る。どうやら僕にも暖かい思いをさせてくれるらしい。「ええ、私としたことが油断をしたわ。部屋が暖かいせいで、出かけるときの服選びを甘く考えてしまうなんて」 キリッと真面目な顔つきで返事をされた。 とはいえ少女の格好は、僕の脇の下に抱きついているのでおかしな感じだ。 冬を一緒に過ごすのは初めてで、体調を崩したりしないかといつも僕は心配をしている。まったくの杞憂だったのか、風邪のひとつもひいていないのは幸いだ。 そう考えていると、薄紫色の瞳から見上げられた。「でもコートを買って貰ったから、今年はまだ暖かく感じるわ。ありがとう、一廣さん」「いやいや、礼には及ばないよ。マリーにとって初めて過ごす年だから、季節ごとに服を選ばないと。それと、よく似合うものが見つかって良かったね」 そう答えると、マリーの表情は笑みに変わった。 ベージュブラウンのコートには、6つの大きなボタンがある。気に入ったのかそれを弄りながら、少女は薄紫色の瞳をまたこちらへ向けた。「これは動きやすくてとても暖かいのよ。もこもこが付いているからかしら?」 そう言って、ファー付きの襟と袖口を見せてくる。腰のラインを綺麗に見せるコートで、その上品な色もマリーの好みに合っていると思う。 彼女の場合、やや大人しい服装が良く似合う。そのほうが品のある顔立ち、宝石のような瞳、そして真っ直ぐの白い髪をより強調してくれる。 膝下までのブーツで機嫌良さそうに歩んでおり、冬らしい耳あても素朴な可愛らしさがあった。「やあ、よく似合うね。店員さんが見とれていたのは、妖精と勘違いしていたのかもしれないよ」 大げさねと呆れるような顔をされたけど、きっと皆は同感するんじゃないかな。彼女の正体は半妖精と呼ばれるエルフ族であり「可愛い」という言葉では物足りない。 エルフ族にとって特徴的な長耳はというと、今はアレンジされた髪に覆われて隠されている。これは前を歩く黒猫からのプレゼントであり、今となれば日本で平穏に暮らすためには欠かせない。 まあ、しがないサラリーマンの身であろうと、洋服代に躊躇をしないくらい少女は可愛らしいわけだ。 さて、そのマリーはというと、きょときょと周囲を見回していた。 恐らくは普段の商店街と景色が異なっているからだろう。店の明かりだけでなく、色とりどりの電飾が通りを染めていた。「ねえ、あちこち飾られているでしょう? これがクリスマスという催し物なのかしら?」「そうだね。年に一度、飾り付けを楽しむイベント……になるのかな?」