『よし、これを主殿に渡せば俺の任務も終わり。ようやく主殿のそばに戻れる』マリから『念話』でしか会話していなかったため、会うのは久しぶりになる。グラムの悪事が事細かに書かれている書類をたたんで咥えた。入ってきたときと同じように天窓の隙間から外に出た。それほど長くいた覚えはないのだが、うっすらと空が明るくなり始めていた。朝になれば主殿も起きているだろうから『念話』で泊まっている宿を聞かなければ。と、その前にラティスネイル様と合流しよう。「お!お疲れ~」町の外れにある、町を一望できる高台に行けば、案の定ラティスネイル様はそこにいた。昔からラティスネイル様が隠れるところは大抵高いところで、魔王様が『馬鹿と煙は高いところが好き』とつぶやいていたことを思い出した。意味はよく分からないが、それを聞いたラティスネイル様が頬を膨らませていたので、おそらく馬鹿にしたような言葉なのだろう。「うまくいったかい?」『はい。グラムが人族の奴隷を買って"強化薬"を作らせていたことと、その"強化薬"を人族に送ったこともきっちり書いてあります!!』咥えてきた紙を見せると、ラティスネイル様は少し目を見開いた。「それ、どこに置いてあったの?」『え、ラティスネイル様が俺を投げた天窓がある屋根裏部屋の机の上ですが』藤色の瞳が少し細められたかと思えば、次の瞬間にはいつも通りの笑顔を浮かべていた。「そっか」『はい。ラティスネイル様もご協力ありがとうございます。嘘までつかせてしまい……』俺がそう言って頭を下げると、ラティスネイル様はきょとんとした顔をする。「僕嘘なんかついていないよ?僕が嘘嫌いなの知ってるでしょ?」『で、ですが、兵士に見つかったときに……』俺の言葉にラティスネイル様は笑って首を傾げる。「僕が旅人なのも、この町に初めて来たのも本当だし、宿をとるまえに人気が無くなったのも本当だよ?野宿しようと思っていたのも、僕が現在地を理解していなかったのも本当。君のあとをついて行っていただけなんだから現在地なんてわかるわけないじゃない。ほら、嘘なんかついてないでしょ?」『で、でも、冒険者ギルドの屋根の上に投げたではありませんか!』わざわざ裏手に回って投げたから分かっててやっていると思ったのだが。「いやあ、偶然ってすごいねぇ~。たまたま君を投げたところが目指していた冒険者ギルドで、たまたま鍵が開いていて入れた屋根裏部屋にたまたま探していた書類があるんだもんね」へらりと笑うその顔が不気味で、俺は一歩後ろに下がった。それを見たラティスネイル様はますます笑みを深くする。「そんなに引くことないじゃない。人生に一度あるかないかくらいの偶然を体験したんだから、喜ばないと。……これで君は主君に言い報告ができて、僕はとても面白い体験ができた。一件落着だね」本当に、この人は理解できない。家に帰りたいという確固たる信念がある主殿と違い、この人から何がしたいとか、何をするために生きているとかいう感情が感じられない。怖い。純粋にそう思った。