彼が家に帰ってから、一週間の時間が流れた。 その間、彼は180日ぶりに味わう平穏に、ただただのんびりと時間を過ごし……今日、ついに問題と向き合うことにした。 1枚、また1枚、テーブルの上に小銭を並べていく。合計15枚とお札が5札で、5170セクタ。それが、現在彼が所持している全財産であった。彼は目じりを擦って何度か瞬きをしてから、もう一度テーブルに並べた財産を見つめた。そして、深々とため息を吐いた。「やっべえなあ、これ……そろそろ本気で金を稼がないといけなくなってきたか」 目の前の現実から逃れる様にソファーへともたれ掛る。だらしなく股を開いて大の字になると、視線を天井へと向けた。いまだ身に着けているのはシャツ一枚。長さが足りないせいで、純白のごとき滑らかな太ももが露わになっている。 見た目が見た目なので、はた目から見れば実に目のやりどころに困る光景ではあったが、彼は気にしなかった。どうせ誰にも見られることなんて無いんだし、気にしたところで着るものがないので、気にするだけ無駄だからだ。 単純に食費だけを考えれば、なんとか7日間は持ちこたえることが出来る金額が、手元にある。しかし、言い換えれば、雑費なんかを入れれば、一週間も持たないということである。「エネルギー・ボトルはもうすぐ底を尽くし、水の貯蔵も残り少なくなってきているし、最後の保存食もさっき食べちまったし、それから……」 指を一本ずつ立てて、直面している危機を数えていく。増えていく指の数に合わせて気分が落ち込んでしまう。改めて状況を整理すると、如何に自らが差し迫った状態なのかがよく分かる。出来ることなら知りたくなかったのは、彼の本音であった。 財産の横に置いた瓶を手に取り、口づける。生ぬるい真水を一口飲むと、それをそっと元の場所に置く。さらりと視界の端で揺れる銀白色の髪を、彼は鬱陶しく後頭部へと振り払った。「でもなあ……前の俺だったらいざ知らず、今の俺に出来る仕事なんて、ほとんど無いもんなあ……」 ――金を稼がねばならない。それが、今の彼が行わなければならない急務である。 以前の己であったならば、適当に装備を整えてからダンジョンに探究して、生活費を稼いでいたものだが……今の彼に、それと同じことをするのは難しかった。というより、不可能に近い。いや、もう不可能であった。 ――『探究者』それが、かつての彼の肩書であり、従事していた職業であった。 仕事内容は単純明快。数百年前に、いつの間にかに存在していたとされている地底迷宮ダンジョンから、金目になりそうなものや、いまや生活するうえには欠かせない燃料資源である『エネルギー』を回収する。それが、探究者に課せられた仕事であった。 エネルギーとは、彼が住まう探究大都市東京に限らず、世界中で運用されている燃料資源のことだ。 化石燃料やら何やらが枯渇してから数百年が経った今、燃料の主流となっているものであり、経済を回すうえでも、日常生活を営むうえでも欠かせないものとなっている。 探究者と言う職業は、珍しい職業でも何でもない。 探せば、探究者と名乗っている人はいくらでも見つかる。特別な資格が無くても成ることができ『探究者登録』さえすれば、それこそ今日にでも探究者を名乗れるような職業だ。想像するまでもなく、成り手は常に一定数いる。 そんな職業で、彼はその中でも中堅どころに位置していた探究者であった。羽振りが特別良かったわけではないが、月に3回ぐらいは贅沢を出来る程度には生活出来ていたし、貯金もしていた。 なので、彼は安心していた。当分は、貯金を崩しながらのんびり過ごす予定であったのだが……彼の計画は頓挫してしまった。昨夜、彼がショップに売ろうと所持していたエネルギー・オーブを整理しているときに、発覚したことが原因であった。「まさか、魔力波動が変わっているとは……どうするんだよ。溜めていた貯金、1セクトも引き落とせねえじゃねえか」 思わず、彼は天上へと愚痴を零した。 彼が落ち込む理由……それは、現在、公的機関などで本人が本人であることを示す為に『魔力波動』を利用した本人認証システムが標準利用されているからであった。