もう一つの理由 アイリーンの心を知らないアズリーは、傷だらけで何度も迫るアイリーンに手こずっていた。 強烈な一撃を放てば、アイリーンに致命傷を負わせてしまうかもしれない。 そんな一瞬の恐怖が、アズリーの動きをより小さくさせていた。「ほらほらほら! そんなんじゃ私は倒せないわよ!」「くっ! ……っ!」 微かに溜まり始めるアズリーの身体への鈍痛。 本来の力であれば、アズリーの勝利は必至。しかし、アズリーの決心が、決めたはずの覚悟が、アイリーンの指摘と姿勢によってアズリーの中の何かを縛ってしまったのだ。 更に、アズリーが驚いたのはアイリーンの巧みな戦闘にあった。(な、何て高度な戦闘……! これだけで同レベルの人間は圧倒出来る。同じレベル百でもここまでの人間はほぼいない! あの時代にも……! 更に向上した魔力と、そのコントロール技術がそれに拍車をかけてる!?) 冷静な判断をするものの、アイリーンの攻撃にはそれを打ち消す以上の熱があった。 身体はアズリー以上にボロボロ。身体に残っているのは元六法士の経験と、それを支えてきた実績。そして自らトゥースの下に足を運び、鍛錬を止めなかった執念。それらの情熱が攻撃となって現れているのかもしれない。 まるで、あの焔の大魔法士ガストンのように。「ぼやぼやしてるんじゃないわよ、馬鹿! はっ! グラビティポイント!」「ぐぅっ!」 局地型の重力魔法がアズリーを襲う。「こ、こんなのっ! はぁ!」 足で地面に大きな衝撃を与え、アイリーンの魔法を打ち消すアズリー。 しかし、アイリーンの狙いはそこにはなかった。「今よ!」 アイリーンが叫ぶ。 まるで、味方でもいるかのように。「なっ!?」 アイリーンの声の先にいた人物。 それにアズリーが気付いた時は遅かった。 そう、彼女は言っていたのだ。 ――――「ちょっとあちらに用があります」と。 彼女は戦闘を放棄していなかった。しっかりアズリーの眼前に立ち、戦闘を始め、その性格と口調と冷静さを利用して、堂々とアズリーの背後に回ったのだ。 それにようやく気付き、アズリーがバッと振り返った時、彼女の行動は全てを終えていた。「――のほい。十角結界です、アズリーさん」 頬に手を当て、微笑み、そして眼鏡を光らせながら。「ナイスよ、トレース!」「ぐっ!? これは……!?」 十角結界に縛られたアズリーは動けなかった。 本来であれば聖十結界であってもアズリーを縛り続ける事は出来ない。しかし、それより劣るはずの魔術でさえ、アズリーの動きを封じてしまう。「私が独自に考案した対人間用の結界魔術です。結界の設定範囲を縮めた分、拘束力の向上に重きを置けました」 二コリと笑ってから、トレースは眼鏡をくいとあげた。 そして遂に……――――、「っ!」 アズリーの頬をアイリーンの強烈なビンタが襲う。 以降、アイリーンはアズリーの前で堂々と腕を組んでみせたのだ。「……ふんっ」「くぉ! はぁああああああああああああっ!」 強烈な魔力放出によって、トレースの十角結界を何とか解いたアズリーは、肩で息を切らせながらそんなアイリーンを見た。「何よ?」「ず、ずるい……」「ちゃんと言わなかったわよ。『一人で戦う』なんて」「いや、それはそうですけど……」「それに、ちゃんと言ったわよ。『私の持てる全てで引っ叩いてやるわ。手を抜いたら承知しないからっ』って」「…………あ」 アイリーンの前に立った時、確かにアズリーはそう聞いた。「トレースは私の友人であるとともに部下よ。部下の性格や実力を考えて仕事を振るのが上に立つ者の務めでしょう?」 じとっとしたアイリーンの目と正論。「手を抜いたのはアナタ。だからこうなったの