木にくくられた白い布地を、僕らは興味深く見上げる。 パンパンと手を払いながら歩いてきたのは、作業用の動きやすい恰好をした魔導竜、ウリドラだった。「これは何の準備をしているんだい、ウリドラ?」「うむ、先ほど聞いた映画館の真似をできないものかと考えておった。明日の祝勝会では、これを目玉にしようと思うてのう。あとは実際に見に行って、詳しく観察するとしよう」 ぱちんと僕とマリーは瞳を開く。まさかだけど、ファンタジー世界で映画を流すつもりかな? 破天荒なことだけど彼女らしいと感じてしまう。これまで何度となく映画やアニメを楽しんだのだし、第二階層を娯楽施設に作り上げてしまうような女性だ。「ご苦労であったな、ラヴォス。細かい設置作業はおぬしに任せるぞ」「はい、どうぞ楽しい時間をお過ごしください。そうそう、客人らの中には音楽に秀でた者たちもおります。彼ら用の演奏場を用意しても宜しいですか?」 好きに用意してくれ、と黒髪美女は楽しげに笑い返す。 数千年を生きているにも関わらず、彼女は楽しい場というものを好む。いや、人と接するようになったのは最近になってからと聞くので、そのような演出を楽しんでいるのかもしれない。 それから僕とマリーを両脇に抱えるよう抱きつくと、古代竜とは思えない人好きのする笑みを向けてきた。「さて、これからどんな映画を見るのじゃ?」「戻ってから一緒に選ぼうよ。好みに合うものがあれば良いんだけどね」 映画館をよほど楽しみにしているのか、2人とも瞳の輝きを増してゆく。 これまで散々映画を楽しんで来たからね。本格的に楽しめる専用施設と聞いて、心を躍らせないわけがない。「でも呆れたわ、ウリドラ。忙しくないと答えたのは、彼に仕事を押し付けたからでしょう?」「ふむ、そのように穿った見解も出来るようじゃな。しかし正しくは、あやつが一人前に成長できるよう、深ぁーい思いやりを込めて仕事と子守を――押し付けたのじゃ」 やっぱり!とマリアーベルと一緒に2人は笑い出した。 彼女たちはエルフと竜という組み合わせだけれど、まるで姉妹のように仲が良い。どちらが姉なのかはその時々によって変わってしまうけれど、互いの長所と短所が良い形で合わさる仲じゃないかな。 ただ、夢のなかだと僕はなぜか少年の姿に戻ってしまうので、彼女の胸が当たってしまいそうで仰け反らないといけないけれど。 ここは古代迷宮の第二階層にある、僕ら専用の遊び場だ。 とはいえもう専用と呼ぶには客人の数が増えており、共有空間と呼んだ方が良いかもしれない。 もう間もなく、攻略を終えたばかりの第三階層の改造も始まるだろう。やがてどのような景色に変わるのか、今はまだ誰にも分からない。 かつての階層主も夜を好んでいたのだろうか。 空に広がる星空は、綺麗な流星さえ映し出す。 それを見上げながら、秋らしい虫の音に包まれて僕らは離れへと歩き続けた。