「ほう。ナークのじいさんは冒険者だったのか」「そうだ。ヤークという名だった。ヤークは親切なやつでな。こっちの言葉をまったくしゃべれんわしを、迷宮に連れていってくれた」「それは親切というのか」「ぐっくっく。親切だとも。やつはわしの戦闘力に興味を持ったのだな。そしてわしにとって迷宮はふるさとのようなものだ」「なるほど」「ヤークには世話になった。言葉をはじめ、こっちの常識を一から教えてくれた。ちょっと偏った常識だったがな。ぐぐ」 ゾルタンが含み笑いをすると、歯の隙間から空気が漏れる音がする。それが面白かった。「やがてやつは結婚して冒険者をやめて、野菜を作るようになった。わしは迷宮に潜り続けた」 しばらく話をしていると、ネルーが買い物から帰ってきた。ひとしきりゾルタンとあいさつをかわしたあと、ネルーは畑から新鮮な野菜を収穫して料理してくれた。うまそうな料理が何品か並んだ。ナークとネルーは気を遣ったのか、奥に下がった。「そうだ!」「どうした?」「いいものがあったんだ」 レカンは〈収納〉から酒の瓶を取り出した。「これは! レガッテの三十年物! おお!」 もとの世界から持ってきた酒の最後の一本だ。今こそ開けるべきだとレカンは思ったのだ。「まあ、飲め」「すまん。ああ。いい香りだ」 ゾルタンは、つがれた酒のいくばくかを舌の上に流し込むと、顔を上に向けて喉に流し込んだ。「この面相になっちまってから、口に飲み物を含むと漏れちまうんでなあ。飲み物は一気に喉に流し込むようになった。最初のうちは、熱い茶を飲むたびに赤ポーションが要ったもんだ。ぐぐ」「ははは。その顔はどこでやられたんだ?」「ここの迷宮の百二十一階層だ」「なに?」「ぐっくっくっ。お前さんもたどり着いたようだがな」(ゾルタンにも話していたんだな)(どこが秘密鑑定なんだ。まったく)「そうか。あんたも到達してたんだな」「そういうことだ。だが百二十階層の〈守護者〉を一人で倒せば下に下りられるということは、人には話さなかった」「なぜだ?」「死ぬだけだからな、力がないやつがそんなまねをしても。わしは待った。それを教えていい相手が現れるのを。そんな男が現れたら、わしはそいつと一緒に真の最下層を目指すつもりだった」「なるほど」 確かにそうだ。迷宮統括所にその秘密を教えれば、すべての冒険者がそれを知る。もしかすると最初はある程度以上の冒険者にしか教えないかもしれないが、そのたぐいの秘密はいずれは漏れるものだ。そうすれば、無理をして百二十階層に到達し、無理をして一人で戦いを挑むものが、次々に現れただろう。「だがそんな男はついに現れなかった。ヤークの息子のマークは百二十一階層に行ける才能のある男だったが、結婚して冒険者をやめて、この宿を開いた。それにしてもこの酒はうまいなあ」