目を覚ますと暖かな気候に身体は欠伸をする。片手を空に向けて大きく伸ばし、もう片方は口に当てて息を吐き出せば少し重たい瞼はゆっくりと覚醒していき、部屋の窓から立ち昇る朝陽に視線を向けた。森閑とした空気の中でレムはもう1度小さく欠伸をして物思いにふける。今日の朝食は何にしようか? スバルくんの好きな物を作りたい。先日マヨネーズが好きだって教えてくれたけど、あれは調味料だから、ちゃんとした料理でスバルくんの好物を作ってあげたいな。そうしたらきっとスバルくんはいつもの様に「えらい、えらい」って言ってレムの髪を撫でてくれるだろう。優しく撫でてくれるスバルくんの姿を想像しながらレムは頬を緩ます。
「ふへへぇ。スバルくん、そんなに優しく撫でちゃ……はっ!」
妄想から我を忘れると緩んだ口元からはたらりと涎が溢れかけていた。口元を拭いていつもの服装に着替え鏡の前で最後のチエックをする。どこか変な場所は無いだろうか? スバルくんに見られるのに破けた場所でもあったら大変だ。きっと姉様にカンカンされてしまう。……映ってしまった。レムもスバルくんにエミリア様みたいに話せば会話は今よりも多くなるだろうか? 昨日よりも今日。今日よりも明日、スバルくんと話す時間が長くなればいいと思ってしまう。これが続いていったら一体どこまでレムはスバルくんを求めてしまうのだろうか。
「でもスバルくんが悪いんですからね。っと、そろそろ姉様とスバルくんを起こしに行かないと」
表情をいつものに戻して部屋を後にする。起こしに行く順番は姉様の次にスバルくんだ。スバルくんは朝に強いのか目覚めはいい方なので、起こせば直ぐに起きてくれるが、姉様はそうはいかない。何かと理由を付けて粘るのが毎日のやり取り。部屋に辿り着いて部屋の中を覗いてみると案の定、姉様はまだベットの上で静かな寝息をたてていた。
「姉様、姉様。朝ですよ?」
「むぅ……蒸かし……もい……ぐぅ」
やはり今日も姉様は直ぐに起きようとはしない。しかしあれこれ起こし方を試行錯誤したレムにはとっておきの技があった。これには姉様もビックリ仰天で飛び起きる代物。……また移ってしまった。狙ってるわけではありませんから! こうすればスバルくんともっとお話し出来るとか思ってたりしませんから! ……はぁ、とりあえず姉様を起こさないと。
周りを見回して人影が他にない事を確認すると姉様の耳元に顔を近付けて囁き耳朶を咥える。
「おひへぇくだひゃい。ねぇひゃま」
「ひゃぅぅん! れ、レム! その起こし方はあれ程……ふぁぁ」
耳朶を柔らかく噛みながら喋ると姉様は身を捩る様にして目を覚ます。これがレムの編み出した起こし方だ。姉様にしか試した事は無いけれどこれで起きなかった日は無いくらい万能の技である。
「おはようございます。姉様」
「まったく……。他の起こし方にしてって言ってるのに。ええ、おはよう」
姉様が目を覚ました後はいつもの様に髪を梳いて服を着替えさせる。スバルくんにこの事を話した時かなり驚いた顔をしていたが、これもレム日常なので何の疑問も浮かばない。ただ一つ気になる事と言えば……。
「姉様、姉様。この……紐の下着は何て言うのか少し……その」
「何を言っているのレム? 自身をより良く魅せるのには当たり前の事よ」
姉様の着替えはどこに何があるのかレムは全て知っている。朝の着替えは下着類まで全て変えるのだが、姉様の下着が最近紐形状な物が多くなっているのが気になっていた。これでは何かの拍子に紐が解けて脱げてしまうかもしれない。誰かの目の前でそうなってしまうと思うとレムにはとても耐えられる物では無かった。
「そうね……。きっとバルスもこういうのが好きよ」
「そ、そうなんですか!?」
「えぇ。……多分。ん、んん。以前洗濯を任せようとした時ラムの下着を取りながら鼻血を流していたし、やはり大人の雰囲気が好きなのでしょう」
衝撃的な事実であった。とは言えスバルくんもやはり男の子なのだ。地味な物よりもあー言った物が好きなのも納得といえば納得出来る。しかしレムがあんな下着を付けると思うと顔から火が出るくらい恥ずかしい。これではまるでスバルくんに見せる為に着るようなものではないか。
「ほら、レム。ラムの買ったばかりのあげるから今すぐこれを着なさい」
「え、え、あの、姉様? ひ、1人で着替え」
有無を言わさぬスピードで姉様に元の下着を脱がされると着付けした姉様はレムを見て満足そうにふんすと鼻息を漏らす。恐る恐ると鏡で映るレムを見てみると何と形容すればいいのか分からない感じがした。
「ロズワール様曰く、あの年頃の男はその色が好きらしいわ」
「そ、そうなんでしょうか?」
スカートの裾を上げて自分で自分の下着を見るのは変な感覚がしたけれど、これでスバルくんが喜んでくれると思うと不思議に嬉しい気持ちが溢れる。スバルくんは何て言って褒めてくれるだろうか? 「可愛い」って言いながらレムの髪を撫でてくれるだろうか?
「ほら、ラムはもう平気だから早くバルスを起こしに行きなさい」
「分かりました。それでは姉様、失礼します」
部屋を後にしたレムの足取りは少しばかり浮き足立つ。今のレムにはスバルくんが褒めてくれる事しか思い浮かばなかったから……。
部屋に着いてドアをゆっくり開けると中からは安らかな寝息が聞こえてきた。音を立てない様に細心の注意を払いながらベットに近付くと子供の様な寝顔を見せているスバルくんがいる。その寝顔を見つめながら髪をそっと梳いてあげるとくすぐったい様な顔をして眉を寄せた。
「スバルくん、スバルくん。もう朝ですよ?」
「うぅ……ピーマン……ピーマルが襲って……ぐぅ」
ぴーまん? ピーマルは分かりますがピーマンって何だろう? スバルくんの故郷の食べ物だろうか? マヨネーズと言いスバルくんの故郷にはレム達の知らない食材があるようで興味深い。
スバルくんはここから頬を突ついたり、もう少し声音を大きくすれば姉様と違って起きてしまう。そうなってしまえば少し面白くないので姉様の時同様に耳元に唇を近づけて甘く噛む。
「はむぅ〜。しゅばるくん。あひゃでしゅよ」
「ふひゃー!! え!? え!? 何!? レム!?」
「ふぁい。レムでひゅ」
「おふぅ。れ、レムさん? その咥えながら話すのはやめ……はひゃん!」
スバルくんの可愛い反応に大満足したので唇を離すと、顔を真っ赤にしたスバルくんが噛まれていた耳に手を置いてレムの顔をジッと見つめていた。
「スバルくん? レムの顔に何か付いてますか?」
「いやー! あはあははは。なーんにもないよー? 女の子に甘噛みとか初めてされてめっちゃ嬉しいとか恥ずかしとかぜーんぜん……は!?」
「スバルくん……そんなに喜ばれるとレムも少しばかり恥ずかしいです」
確かにレムも男の人にするのは初めてでスバルくんの耳朶は意外にも柔らかくて驚いた。はむはむしてるのが気持ちよくてまだはむり足りないけどそれは流石にスバルくんがさせてくれなさそう。上目遣いでスバルくんをに視線を向けると、目を右往左往に動かしてスバルくんは動揺している様子だった。……もしかして今なら。
「でも、スバルくんがして欲しいならレムはもう1度はむっても構いません。いえ、寧ろはむらせて欲しいです。いえ、やっぱりはむらないといけません。さぁスバルくん。耳をレムに向けてください」
「押しに鬼がかってんな!? ……咥えながら喋るなよ?」
笑顔で肯定しレムに近づけたスバルくんの耳朶を優しく噛む。噛んだ耳朶はやっぱり柔らかくて気持ちがいい。離しては噛んでを繰り返すと、何だか変な気分になってしまい甘い吐息が漏れてしまう。恥ずかしさに耐えきれなくなったのかスバルくんは身体を大きく仰け反り「これで終わり」と示していた。
「レムのおかげで朝からどっと疲れたよ」
「でもこれで眠たくならないですよね」
「そうね! ウトウトしたらまたする気でしょ!?」
「それは……てへ」
当たり前にやるつもりだけど、ここは濁す事にした。今じゃなくても後でこっそりしてもいいし。……そう言えばもう一つスバルくんに用事があるのを忘れてた。ベットから降りたレムは身なりを手で整えるとスバルくんに向かって問いかける。
「あのですね、スバルくん。見て欲しいものがあるのです」
「ん? 俺に? いいけど」
首を傾げるスバルくんを前に深く深呼吸をする。自分からこんな事をした事は無いし、する事も無いと思っていた。すごくムズムズする気がするし恥ずかしくて仕方ない。けどスバルくんなら。レムのスバルくんになら良いと思える。だから……。
「どう……でしょうか?」
「ふぇ!? れれれ、レム?? 一体全体何をして? ええ!?」
カートの裾をお辞儀の要領で摘まむのでは無く見える位置まで上げる。すると目をまん丸にしたスバルくんはレムと目を合わせては下に逸らしてを繰り返していた。
「姉様が「バルスはこういうの好きよ」って言ってまして、レムも着てみたんです。それでスバルくんに感想聞きたかったんですが……やっぱりレムなんかじゃ似合って」
「いや! めっちゃ似合ってる! むっちゃ可愛い! 可愛すぎて鼻血……ってうぉー!! 鼻血が!! 鼻血が!!」
慌てたスバルくんは側にあった紙を鼻に詰め込んでいた。レムはスバルくんに「似合う。可愛い」と言われた事が予想以上に嬉しくて頬を赤らめる。やっぱり姉様の言っていた事は本当でスバルくんが喜んでくれたみたいで良かった。今度からレムのはこの感じのを買うことに決めた瞬間であった。
「鼻血止まりましたか?」
「ん? あぁ、何とかな。ってか、えっと何? あれは一体何があってこうなったの?」
「実はですね……」
姉様のとの一件をスバルくんに余すことなく伝えると、背を向けたスバルくんは小さく拳を握っていた。そして直ぐにレムの方へと向き直すと真剣な眼差しでレムに伝える。
「レム。さっきのは本当にすげー可愛かった。可愛すぎてRMEと吠える所だったぜ。……それに恥じらう顔も可愛かったし」
「スバルくん?」
「げふんげふん! と、とにかくだ! 本当に良かったと思う!」
「えへへ。スバルくんが喜んでくれたなら何よりです。さぁ、お仕事に行きましょう」
明るくなり始めた窓に背を向けて歩き出す。姉様はきっと1人で大変だろうから早く行かないと心配だ。執事服に着替えたスバルくんよりも先に部屋を出ようとした所で振り返りスバルくんにお願い事をする。
「明日、お仕事が終わったらお買い物に付き合ってください」
「お安い御用。食材か何かか?」
「いいえ。レムの欲しいのは……」
小走りでスバルくんに近づいて耳元にそっと囁く。
「スバルくん好みの下着です。明日一緒に選んでくださいね?」
悪戯ぽく微笑んで部屋を後にした。
ひょんな事からスバルくんとのでーとを約束したけれど、明日が待ち遠しくて仕方ない。レムもあまりお店に詳しくは無いけれどスバルくんと一緒ならきっと大丈夫。もしかしたら店の店員に「夫婦ですか?」って言われるかもしれない。そう想像してしまうと嬉しくて頬が緩みっぱなしだ。
「楽しそうね、レム。何か良い事あった?」
調理場で食材を切っている姉様は優しそうな表情を向けていた。それにレムは最大限の喜びを伝えようと大きく微笑んで姉様に伝える。
「姉様、姉様。レムは明日スバルくんとでーとに行きます!」
と。