【第二章】王女姉妹の療養 それから、リオは意識を失って眠ねむりに就つくフローラを抱だきかかえ、クリスティーナを背負って出発の準備を整えていた。「では、行きましょうか。そこまで速度は出しませんが、振り落おとされないように掴まっていてください。治癒魔法ヒールも無理のない範はん囲いで使用していただければいいので」 リオは出発にあたって、背中のクリスティーナに呼びかける。背負っている関係上、振り向こうとしたすぐ先に彼かの女じよの顔があって――、「は、はい……」 クリスティーナは消え入りそうな声で返事をする。というのも――、(どうしよう? 私、臭におわないかしら?) そんなことが気になって気が気でないからだ。森を歩き回ってたくさん汗あせをかいて、お風ふ呂ろにも入らないで、ドレスはボロボロで、だというのに振り落とされるわけにはいかないから、リオに抱きつかないといけなくて……。 ――汚きたない、臭くさい。俺はそんな女を抱きかかえる趣味はない。 と、デュランが言っていた言葉まで思い出してしまって、余計に気になってしまう。物もの乞ごいにしか見えない、などとも言われていた。 対するリオからはほんのりと甘い石せつ鹸けんの香かおりがするので、尚更に自分の体たい臭しゆうが気になってしまう。すると――、「どうかされましたか?」 クリスティーナが背中で身じろぎしているのを感じて、リオはわずかに首を後ろに捻ひねりながら尋ねる。「い、いえ。何でもないです!」 クリスティーナは声を上ずらせて首を横に振った。そして、リオに抱きつく力をさりげなく緩める。が――、「ええと、もう少ししっかりと抱きついていただいてもいいですか?」 リオがすかさず注意を促うながす。「は、はい……」 クリスティーナはおずおずとリオの上半身に回す手の力を強めた。しかし、それでも遠慮があるというか、おっかなびっくりとしているのがわかる。「……やはり何か問題がありますか?」 リオが躊躇ためらいがちに訊くと――、「な、何でもないんです。本当に……」 クリスティーナは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で俯うつむいてしまう。 まるでというか、普ふ通つうに恥はじらう乙おと女めである。普ふ段だんの毅き然ぜんとした彼女からはなかなかに想像しづらい様子だった。「ならよいのですが……。いえ、そもそも殿下はこうして男と密着することがないんですよね。失礼いたしました。密着してほしいなどと、デリカシーのない真ま似ねを。移動時間はさほどかけませんので、ご容よう赦しやください」 軽く疑ぎ問もん符ふを浮うかべるリオだったが、クリスティーナの気き恥はずかしそうな態度に合が点てんがいったのか、少しバツが悪そうに謝罪した。すると――、「あ、いえ。で、ですから、そんなことはなくて……。むしろ申し訳なくて。こんな汚よごれた格好で、アマカワ卿のお召し物が汚れてしまわないかと……」 クリスティーナが消え入りそうな声で説明する。臭いませんか? と、尋たずねることはできなくて、婉えん曲きよく的てきに問いかけた。「それを仰るなら私の方こそ血でコートが汚れてしまっているので。移動したらお着き替がえと一緒に湯ゆ浴あみの準備をしないといけませんね」 リオはそれでようやく得心する。心配は無用だと、くすりと笑って流した。「……ありがとうございます」 クリスティーナはリオに抱きつく力をそっと強める。「では、今度こそ行きましょうか」 リオはクリスティーナとフローラを連れてその場を離れることにした。地面を蹴けり、風の精せい霊れい術を用いてふわりと跳ちよう躍やくする。 そうして、十数メートル程度の高さに到とう達たつすると――、「っ……」 クリスティーナがリオに抱きつく力をさらに強めた。きょろきょろと視線を動かし、眼下の地面を見下ろしている。「落下することはないのでご安心ください」 リオがクリスティーナの反応を察して告げた。ルシウスとの戦せん闘とう中に飛行に精霊術を披ひ露ろうしてしまったので、飛べること自体を隠かくすことはしなかった。「……あの、これはどうやって空を飛んでいるのでしょうか?」 クリスティーナがおっかなびっくりと質問する。「風を操あやつって空を飛んでいます」 リオはあえて含がん意いの広い説明を口にする。ルシウスとの戦闘では精霊術を出だし惜おしみせずに使用した。発動した術の種類が多た岐きに渡るから魔剣の能力であると説明するのは無理があるし、クリスティーナを誤ご魔ま化かすことはできないだろう。 ゆえに、精霊術について説明する必要があるのは明らかだが、どこまで説明するかはまだ判断しかねているのだ。「な、なるほど……」 クリスティーナは相槌を打ちつつ、半ば呆ほうけ気ぎ味みに周囲の景色を見み渡わたしている。どこまで詮せん索さくしていいものか測りかねているのか、衝しよう撃げき的てきな事実の連続に思考の処理が追いついていないのだろう。あるいは、その両方か。 現在地は街かい道どうから外れており、見晴らしのいい丘きゆう陵りよう地帯が続いていて、その光景に視線を奪われているようにも見える。「色々と話をしなければいけないこともありますし、お訊きになりたいこともあると思います。恥ずかしながら色んなことが起きてまだ頭の整理ができていないものでして、一息ついてからそういった時間を設けさせていただいてもよろしいでしょうか?」「は、はい……。そ、そうだ、傷口を治癒しますね。まずは、この辺りに魔ま法ほうをかければよろしいですか?」