「あそこは貴族が立ち入らない場所です。ローゼマインとフェルディナンド様の側近以外の貴族の出入りを禁じれば、見舞いと称してローゼマインを害しようと考える者の出入りも容易ではなくなるでしょう?」 母上がエックハルト兄上から聞いた情報によると、神殿にはフェルディナンド様の隠し部屋もあるので、下手にローゼマインを移動させる方が危険らしい。冷静な母上の指摘が、昨晩悩みに悩んで寝不足の私には何だか面白くなかった。「ローゼマインが襲われたというのに、母上はずいぶんと落ち着いているのですね」「落ち着いてはいませんよ。ライゼガングの希望の光と言われていたローゼマインが命の危機に陥ったのです。あの方達を押さえなければならないことを考えると、今から頭が痛い思いです」 ローゼマインはヴェローニカ様に押さえつけられていたライゼガング系貴族から出た領主の養女だ。一族から絶大な期待がかけられている。今まではローゼマインが虚弱な上に、神殿育ちで貴族社会に慣れていないため、貴族との面会を最小限に絞っていた。 だが、少し社交に慣れてきたこの冬は、社交の練習として親戚のギーベ達と面会を行い、製紙業や印刷業を広げていく話をする予定だったそうだ。新しい産業への関わり、ライゼガング系貴族の結束、旧ヴェローニカ派に対する優位性……。色々な意味で親族の貴族達の希望が潰れたのである。私は激昂しそうな親族の顔ぶれを思い浮かべた。「それは……後始末が大変そうですね」「何を他人事のような顔をしているのです、コルネリウス? 子供部屋や貴族院で彼等の子供達から貴方にも接触があるはずです。秘匿すべき情報と、拡散すべき情報を予めアウブやカルステッド様と擦り合わせておくようになさい」 そう言われた瞬間、問い詰めてきそうなライゼガング系貴族の子供達の顔がいくつか浮かんだ。去年の子供部屋の様子からローゼマインに注目が集まっていたことは知っている。「このような状況で騎士団長が城を離れるとは思えません。カルステッド様はしばらく騎士寮で過ごすことになるでしょう。情報の擦り合わせのために騎士団へ顔を出すならば、次のギーベ・ジョイソタークの候補について質問してくれるかしら? ジョイソタークはゲルラッハと隣接しているので、今後の社交にとても重要でしょう?」「母上、さすがに騎士団へ顔を出しても、このような事態で父上と個人的な話をする時間が与えられるとは思えません」 護衛騎士見習いとして一年以上過ごせば、騎士団長の仕事振りも見えるようになる。領地内の貴族が全て集う冬の社交界の始まりと同時に、領地内の貴族から領主一族が襲われたのだ。とても個人的な面会が叶う状況だとは思えない。「できれば、で構いませんよ。情報を得るための伝手は多い方が良いですからね。……ひとまず今日はエックハルトとランプレヒトに夕食は家へ帰ってくるように言いましょう」 ……やっぱり母上は冷静じゃないか。 アウブ周辺の情報を得るために誰から話を聞くのが適当か思案している母上を見て、私はまだまだ貴族としても、護衛騎士としても未熟だと感じずにはいられなかった。