アロマは困ったような声を出しつつも、何故か顔を赤くして満更でもなさそうな表情だ。「セカンドさん、あの、アロマって子、知り合い、なの?」「第一宮廷魔術師団にいたアイリーさんの妹だ。特別臨時講師をやっていた頃、そういえばアロマ宛にサインを贈った記憶がある」「ふーん」 王立魔術学校に潜入していた頃、スライムの森での野営訓練で班が同じになった女子生徒アロマ・ヴァニラ。こいつの案内のおかげで盛大に迷子になって結果的に暇を潰せたこともあり、珍しく名前を覚えていた。 つい今しがた、アロマとアイリーさんがよく似ていることに気付き、ふと「アイリー&アロマへ」と書いたサイン色紙のことを思い出したのだ。サインを書いていた時は気付かなかったが、きっと二人は姉妹である。「……さて、プレ天網座戦は俺の勝ちだったな」 俺は屋根の上にいるプリンス君だろう人影を見上げながら言った。 残念だったね、プリンス君。お前、明日も負けるよ。 お前はこのプレ天網座戦が如何に大切だったか理解できていない。お前が俺に勝てるかもしれない万一の可能性を拾うとしたら、ここしかなかった。マッチポンプに失敗したからといって、人質をとっているお前の方がまだ有利だったんだ。それがなんだ、ステータスを言い当てられたくらいで動揺して、挙句に自慢の《桂馬糸操術》で負けて。精神的に満身創痍だろう? そんなんで明日勝てる方がおかしい。「お家に帰って泣きながらファンのおっぱいでも吸ってな」 トドメだ。この場から逃げようと足に力を込めた瞬間を見計らって、できるだけ惨めに感じるよう言ってやる。「…………」 合羽の男は、一瞬だけ、逃げ去る足を止めた。 今更、何を考えているんだろうか。 自分の女を放置して逃げようとしているやつのことだ、きっと碌でもない。 ……だが。「また明日~」 もし、万が一、億が一、プリンスという男が、この逆境を跳ね除けられるようなやつだとすれば。 明日、とても楽しめるかもしれない――。