「ああ確かに、空色の綺麗なドレスに染みが……」 そう言ったアランは、ゆっくりと床に膝をついた。そして「失礼」と声をかけてからそのドレスの裾に軽く触れる。 そのまま呪文を唱えて、アランはドレスのシミを消してしまった。 おそらく水系の魔法なんだろうけれど、結構細かく魔法を使ってる感じでかなりの高等技術だった。 アランの魔法の腕は本当にすごい。「良かった。うまくいった」 汚れの取れたドレスを確認したアランは、そうホッとしたように女の子に声をかけた。 なんかいつもよりも、アランがカッコいい感じがする。 女の子も突然の出来事に顔を真っ赤にさせてポーッとした顔をしてアランを見つめてるし。 アランって、結構罪作り……? というか、アランはお兄さんの影響もあって、基本的には紳士だもんね。 なんだかんだ面倒見もいいし、学園でも下級生のファンが多い。 ただ、アランは何故か本命を前にすると……。 リョウ嬢を前にした時のアランの様子を思い出して、僕は何とも言えない気持ちになった。 その後、お礼をしたいとか言って女の子がアランの名前を聞き出そうとしてたけど、アランが別に大したことしてないからとか言って、女の子とはあっさりと別れた。 先ほどまで傍観者として事の成り行きを見ていた僕も、アランの後について行って横に並ぶ。「アラン、やるね。さっきの子、アランのこと好きになったんじゃないの?」 と揶揄うと、アランがバカにしたような顔を僕に向けてきた。「何いってるんだ、リッツ。あんな、ちょっと汚れとっただけで好きになるわけないだろ」「いやいや、汚れをとったってことだけじゃなくてさ、その全体の流れというか、雰囲気というか、そういう感じの……」「服の汚れをとっただけで、好きになってくれるんだったら、俺はこんなに苦労してない」 妙に実感の篭った声色でそう言うアランにはどこか哀愁が漂っている……。 思わず頷きそうになったけれど、いや、ちがうからね。 汚れをとるっていう行為のことじゃなくて、その全体の流れのスマートさが大事であって、と改めて説明しようかと思ったけれど、アランがとある場所を見て目を見開いた。 僕もアランの視線の先をたどると、なんと、リョウ嬢がいた。 髪の毛を上にまとめ、ところどころキラリと光る宝石を散りばめた白っぽいドレスを身につけたリョウ嬢が、周りの大人たちに混ざって歓談をしていた。 僕たちと同じ歳とは思えない落ち着きようだ……。 すごいな、リョウ嬢って。 なんていうか、綺麗だけど、こう、迫力があるっていうか、大人に混ざって商人としてすでに名を広めてるあたりとか、凄すぎて逆に怖いっていうか……。「リ、リョウだ……」 そう呆けたように呟く声が聞こえたので、思わずアランの方を見た。 アランが、頬を染めてリョウ嬢を見ていた。「ああ言う白っぽくてしゅっとしてるドレスも似合うな。白い芋虫みたいだ」 芋虫かぁ……。「アラン、お願いだから本人の前で芋虫みたいとかは言わないようにね……」「え? なんでだ?」「大概の女の子は、喜ばないと思うからさ……」「そうなのか」 なるほど、と神妙に頷いたアランの顔は至極真面目だった。 僕がそんなアランの将来の心配をしていると、アランがキラキラした目で僕の方を見た。「周りの大人たちがいなくなったら、リョウのところに行こう」 そう嬉しそうにいうアラン。 本当に、僕の友人はリョウ嬢のことが好きなんだな、と改めて思った。 正直、アランとリョウ嬢が結ばれるなんて未来は、難しいと思う。 それはリョウ嬢の気持ちがどうこうという問題じゃなくて、魔術師で次期伯爵位を継ぐだろうアランと魔術師の家系ではないリョウ嬢との立場的な問題だ。 例えアランがどんなに想っていたとしても……。 アランだってそのことはわかっているはずなのに、それでも諦めずに思い続けている。 そんなアランがすごいと思うし、そしてそういうところが少しだけ羨ましい。「ん? どうしたんだ?」 アランが反応のない僕に心配そうに尋ねてきた。「いや……」 なんでもないよ、と答えようかと思ったけれど、僕の中でちょっとしたいたずら心が芽生えた。「アランって、リョウ嬢のどこが好きなの?」 と僕が聞いてみると、アランが目を見開く。「は!? おま、リッツ、こんなところで、何言ってんだよ。好きって、それは、だって……」 と言ったアランが、ちょうど近くにきたウエイターから飲み物をもらって、それを勢いよく一口飲んだ。 そして、意を決したように口を開く。「……全部好きだよ」 そう照れながら言うアランに衝撃を受けた。 甘酸っぱい! なんか僕の方が恥ずかしくなってきた! 昔は、こういう話題をふると、リョウは妹みたいなものだからとかムキになって言ってたのに、こんなに素直になろうとは……。 大人になったんだね! アラン! 思わず感動を覚えていると、リョウ嬢の周りにいた人たちが散っていった。 あ、今なら、話しかけられそうだと思っていると、すでにアランは行動を起こしていた。 足早にリョウの方に向かってすでに声をかけている。 さすがアラン。 僕も大人しくアランの後ろを追いかけた。「あれ、アラン、それにリッツ様もきていらっしゃったんですか?」 アランに声をかけられたリョウ嬢は、僕とアランを見て驚いたように目を見開いた。 というかどうしてきてるんだろうと不思議に思っているような顔をしてる……。 まあ、そうなるよね。「はは、なんかアランに連れられて……」 と僕が言うと、リョウ嬢は同情の眼差しを僕に向けた。