――青森県、弘前市。 ぎっと窓を開けると、いつもより冷たい空気が車内へ入り込む。ただこの時期にしては少し暖かいかもしれない、などと思う。 古ぼけたバスは陽光のなかのろのろと進み、その窓からひょいと黒猫が顔を覗かせた。「ほら、お行儀が悪いですよ。こちらへいらっしゃい」 まるで「大丈夫だよ」と言うように猫は鳴くが、少女は聞く耳を持たないらしい。膝の上へとかかえ、そして少女もまた外を眺める。 高い建物どころかもう建造物はほとんどない。見渡す限りの畑地や果樹園に「わ、気持ちいいー」と珍しくエルフははしゃいだ。 季節柄、駅前であればまだ観光客は多いものの、ここまで奥地へ向かうと乗客はほとんど居ない。おかげで多少賑やかにしても怒られることは無さそうだ。 町もバスもどこか昭和の雰囲気が色濃くあり、地元へ帰ってきた懐かしさだけでなく時代まで戻った気さえする。「江東区とはまるで違うわ。景色だけでなく空気もどこか落ち着いているもの」「確かに夜もさわさわしているかな。ほら、遠くに山が見えるかい。あそこまでずっと畑が広がっているからね」 はい?と少女と子猫は振り返る。やはり黒猫になろうとも魔導竜は姉妹のように似通っているものだ、などと感じてしまう。 うとりと薄紫色の瞳は閉じられてゆく。 心音に揺られ、それへ耳を澄ませているうち睡魔が近づいているだろう。先ほどの言葉は眠りにつこうとしている時だから言えたのかもしれない。 やがてずりずりと少女の腕は落ちてゆき、安らかな眠りのなかへと沈んだ。 僕は寝顔を見るのも好きかもしれない。 などと備品のブランケットをふさりとかけながら思う。それだけでなく、たぶん何の不安もなく過ごしている表情が好きなのだろう。 と、かりかりとカゴを引っかく音が聞こえた。足元を覗き込むと黒猫はこちらを見つめており、その不満げな表情は殺風景な場所へ文句を言っているかのようだ。 ――まあ、多少なら許してくれるかな。 そう思いカゴの蓋を開くと、するりと黒猫はブランケットの中へと潜り込む。膝の上へと登る気配があり、どうやらそこを寝床に選んだらしい。ぐるぐると回り、やがてぽすんとブランケットは沈む。 その光景を見て、僕はひっそりと囁いた。「おやすみ、二人とも。起きたら青森ですからね」 にう、という小さな鳴き声はまるで人が返事をしたようだ。 ふかふかの毛並みを撫でながら、新幹線はゴウとトンネルへ突入した。