俺とゼノビアちゃんは、中庭の人気ひとけがない場所で対峙していた。 うーん、凄まじい既視感。「今日はあの時のようにはいかんぞ!」 そう宣言して、ゼノビアちゃんは腰の剣を抜き放った。「これは、前の剣の十倍の値で買った名剣だ! なんとあの大鍛冶師ガンチェ・リゥの鍛えた剣なのだ! 凄いんだぞ! 商人が偶然手に入れたものを譲ってもらったのだ!」「わふぅ……(へー……。そりゃ良かったねー)」「な、なんだ、そのやる気の無さは……?」「ぷいっ(飯を途中で邪魔されて不機嫌にならないやつがいると思うてか)」 ていうかさぁ、ゼノビアちゃんさぁ。 お嬢様を守るとか言いながら、一番大事なときにいなかったわけだけど、その辺どうなの? やる気あるの? ないなら帰っていいよ? 当家の穀潰しは、俺だけでいいんだよ?「な、なんだ、その目は……?」「くわぁぁっふ」 うろたえるゼノビアちゃんに、俺はつまらなさそうに大きなあくびを返してやる。 もうさっさと終わらせてメシに戻りたい。「わんわーん(どうせ、その剣も偽物なんでしょ? いいからとっととかかってきなさいよ。ぽきーんてへし折ってあげるから、ぽきーんて)」「き、貴様ぁ……! 私を愚弄するか……!」「わーん?(え? なに? おこなの? おこなの、ゼノビアちゃ~ん?)」「ぐぬぬ……! も、もう生かしてはおけぬ!」 半泣きになりながら、ゼノビアちゃんは剣を大上段に構えた。 そしてその姿が、掻き消える。「わふ?!(え?! うそ?! 速い?!)」 一直線に突っ込んできたその動きが、まったく見えなかった。「はぁぁぁぁっ!!」 裂帛の気合を込めて、ゼノビアちゃんが剣を振りかぶる。 剣先がブレたと思ったら、もう刃が脳天に迫せまっていた。「わ、わふー!(やっべえ! やっぱなし! さっきの無しで!)」 ゼノビアちゃんの神速の振り下ろしは、俺の頭蓋を正確に捉え、真っ二つにした。 剣を。「ああああああ……!?」 ひゅんひゅんと回転しながら剣は飛んでいき、花壇の茂みへ消えていった。「わ、わふ……(ちょ、ちょっとちびっちまった……)」 なんちゅう振りじゃ……。 これ、剣が本物だったら、俺、死んでたんじゃないの……?! もしかして、ゼノビアちゃんって強いのか……?「ぐ、ふぐ、うううう……!」 と俺がビビっていると、ぽたぽたと雫が頭に落ちてきた。 見上げると、そこには美麗な顔を子供のようにクシャクシャにしたゼノビアちゃんがいた。「わ、わふん!?(な、泣いとる!? ガチ泣きやこれ!)」「わ、私の剣が、通じないなんてぇ……!」 顔をゆがめて、ぼろっぼろに泣くゼノビアちゃんは、剣を取り落として、顔を手で覆ってしまった。「く、くーんくーん(ご、ごめんよ、ゼノビアちゃん。でも、ゼノビアちゃんも悪いねんで……。そんな偽物の剣、買ってくるから……)」「う、うるさい! 私を慰めるにゃ、な、慰めるな! 貴様が本性を隠しているのはわかっているんだからなぁ!」 ゼノビアちゃんは俺を振り払うと、そのまま走り去ってしまった。「くーん(やれやれ……。まぁ、食客しょっかくとしてこの屋敷に招かれてるとはいえ、現状なんの役にも立ってないからな……。ああなるのも仕方ないか……)」 プライド、ズタズタやね……。 俺はゼノビアちゃんが捨てていった剣のもう半分を拾って、茂みに放り込む。 証拠隠滅完了。 さぁ、とっとと帰って、メシの続きにしよーっと。