「ヘンリー殿下、これは……」 階段を駆け上がったアルベールさんが周りの状況を確認して、狼狽えたように前にでてきた。 私のすぐ後ろにいたアランが、小さく「お祖父様……」と口に出したけれど、アルベールさんの視線はヘンリー殿下に釘付けだ。「おそかったね、アルベール。他の者に先を越されているよ」 こんな状況の中で、ゲスリーが、人を食ったような笑顔でそう言った。「あ、あなたは一体何をしたのですか!? 救世の魔典は!?」 ゲスリーよりもアルベールさんがかわいそうなほど狼狽えていて、そう叫ぶように言うと、ゲスリーが右足を床に踏みしめた。「私の足の下にある」 ヘンリー殿下がそういうとアランのおじい様は足元に視線を移した。 そこにあるのは、ただの黒い灰だ。 全てを察した様子のアランのおじい様は頭を抱えた。「ま、まさか、燃やしたの、ですか!? あなたという方は、なんていうことを……!」「小言は後で聞くよ。お前だってここまで上るのに結構疲れただろう?」 おちょくるようなヘンリーの言い方にアランのおじいさんはさらに鼻息を荒くした。「例えヘンリー殿下であろうとも、ここまでの勝手は見過ごせませんぞ! まずは大人しく城にお戻り願いましょうか!」 そう叫ぶような勢いの怒れるアルベールさんとは打って変わってヘンリーの殿下はいつもの余裕の笑みで、アルベールさんのもとへと歩いていく。「いいよ。わかった。もともと戻るつもりだ」 そう平然と言ったヘンリー殿下に、アランのおじい様はさらに眉間にしわを寄せ、何かしら言おうと口を開けたようだったけれど、思いとどまるようにして再び口を閉じた。 そしてあきらめたように息を吐くと、アルベールさんが小さく口を開く。「ヘンリー殿下を北塔の地下の角部屋に連れていくように」 アルベールさんは、近くにいた部下らしき人に、疲れた声でそういった。