「まず、主様は一つ勘違いをしていらっしゃいます。私をテイムできる者ならば誰でも私が愛するとお思いなら、それは大間違いで御座います。ではその私をテイムできる者とやらを今すぐこの場に連れていらしてくださいまし! お解りでしょう。然様に偉大なお方は後にも先にも主様のみ。唯一無二なのです」「お、おう」「次に。主様は、私を待たせてすまなかったと、謝罪されました。何故です! 私は主様の道具として扱われることに一切の不満は御座いません。むしろ甚く気持ちが良いのです! もう少しお傍に置いていただきたいと願う気持ちも勿論ありますが、それを押して尚、暗黒狼であるこの私が放置されているという事実への快感が勝るのです!」「お、おう……」「使役されているというだけで天にも昇る思いなのです! 御身に仕えているというだけで絶頂なのです! 嗚呼、主様! 私は主様のあんこで御座います! それだけでよいのです! ゆめゆめお忘れなきよう!」「わ、分かった。分かった。納得した!」 ものすごい迫力で詰め寄られる。もうただただ首を縦に振るしかなかった。 もしかしたら、俺はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。「嗚呼、納得していただけたようで何よりです。主様、是非このあんこを道具としてお使いください。何ものをも屠る矛となりましょう。何ものをも遮る盾となりましょう。どうぞ、主様の御意のままに」 あんこは陶酔したような表情で、すりすりと身を寄せてくる。 ……なるほど、本当に納得した。 思えば、俺がこいつに何か命令した時は、いつも蕩けた表情をしていた。命令されるのが、使役されるのが、その言葉の通りに快感なのだろう。アイソロイス地下大図書館で暗黒狼という最強の存在として数百年に渡り孤独に過ごしてきた彼女は、自身より強い存在に使役されているという状況に強い悦びを覚えている。それがたまたま俺だったんじゃない。俺のような二人といない頭のおかしいやつの登場を何十年何百年と待っていたんだ。そして現れた。彼女にとっての、この世でたった一人の頼るべき相手が。そして順当に“ねじれた”。依存などという言葉ではくだらない、深く濃密な愛だ。命だ。魂だ。彼女は俺に全身全霊を賭けている。「……あ……」 唇が触れようかというところで、体を離す。残念そうな声を漏らすあんこは、何故だかこれまでよりも何倍も魅力的に見えた。「そう寂しがるな。悪いようにはしない」 彼女のその暴走気味のねじれた感情は、主人である俺が全て受け止めてやらなければならない。それが彼女をテイムした者の責任、ひいては彼女を2168回も半殺しにした男の責任というものだろう。 忌避すんのはもうやめだ。都合の良い決めつけや勝手な思い込みもやめた。彼女を下手に刺激しないようにとやっていたそれらは全くもって無意味だった。彼女とも、真正面から向き合う。それでいい。それがいい。 俺たちは、互いの吐息がかかるような距離で、囁き合うように言葉を交わす。「頼みたい仕事がある。大仕事だ」「はい、何なりと」「……その前に」「主様、嬉しゅう御座います。嗚呼、あんこはこの上なき果報者です……」 あんこは、俺に最後まで言わせまいと、更に顔を近づけて、瞳を潤ませながら囁いた。「どうか、私に手ほどきしてくださいまし」