喉が渇いた。という表情を見て、ずいと水の入った小皿を指先で押し出す。それから尚も訴えかけた。「さて、どうしてデートの邪魔をしたのかな? その答えを聞くまで、僕はずっと口を利かないかもしれないんだよ?」 ピチチと円形に波紋を広げて、冷たいお水をゆっくりと飲む。それからご飯粒だらけの顔を前脚で掃除して、満足そうなげっぷをひとつ。 奔放な黒猫はテーブルを音もなく歩み寄り、すぐ目の前に座った。しっぽをくるんと身にまとわせて、見上げてくる瞳は綺麗な金色をしている。「この世界に来て、わしはひとつ学んだことがある」 耳の奥から聞こえてくるのは、猫語の翻訳……ではなくて意思疎通という機能の一環だ。 状況に合わない声で、猫は静かに語り始めた。こちらからの小言に悪びれるでもなく、ほんの少し魚の匂いをさせながら。 確かにただの猫ではないのだろう。そうと感じるほど瞳には知性が宿り、きらりと黄金のように輝く。「ふ、ふ、大した話でも、ためになるような良い話でもない。わしはな、欲をかくことにしたのじゃ。食べたいものを食べたいと言い、もしも食べれないときは拗ねることにした」 そのふてぶてしい言葉に、つい僕の頬は緩む。この生意気な猫ちゃんめと顎を撫でると、にううと彼女は鳴き、もう一歩だけ近づいてくる。そして肉球つきの指をぺたんと僕の手に乗せると、やはり子猫らしからぬ静かな声を響かせた。「無論、それは褒められない。魔導竜という身でありながら嘆かわしいと言われるだろう。しかしどれだけ欲をかいても、なぜかいつも良い結果が待っておった。責められるはずが、結果だけ見れば楽しいことばかりだった。恐らく、それはこれからも変わらぬじゃろう」 いつになく静かな言葉をささやく猫に、僕はしばし動きを止める。何かを……そう、とても大切な何かを教えようとしている気がしたのだ。 しんと部屋が静まりかえる。夕暮れどきの外からは何も聞こえなくて、スンスンと小さな鼻から嗅がれる音だけが響く。「言いたかったのは、欲というのは決して悪いものではないということじゃ。おぬしもまた欲しいものがあればそう言うが良い。悪い結果など待ってはいない。このわしが保証をしよう。じゃから試しに言ってみることじゃ。さすればきっと……」 と、そのとき浴室からカタンという音がする。お風呂からマリーがあがり、これからタオルで身体や髪を拭くのだろう。黒猫も同じようにそちらを眺めてから、くるんと丸い瞳を僕に向ける。