「そういう煮え切らない態度が日本人なの。駄目よ、駄目、私のマヨケチャップが一番だと認めなさい。でないと眠るとき本を読んであげませんからね」「男ならズバッとネギソースが至高じゃと認めてみよ。ほれ、あーんをするのじゃあ」 だからねと口を開いた瞬間、ふたつの唐揚げはズボーッともぐりこんで来た。 あのね、分からないから。ふたつ同時に入ったらマヨケチャネギソースになっちゃうでしょ。あれ、でも悪くないな……うん、僕はこれが好きだよ。 少女はこちらへお尻を向け、ぱんぱんと枕の位置を整える。 左右にゆわいていた髪をほどけば、さらりと絹のような光沢を残して流れてゆく。部屋のダウンライトの薄暗さのせいか、髪をほつれさせて振り向く少女は、どこか大人びて見えた。ぷっくりとした唇に目を吸い寄せられてしまう。「さ、こちらに来てちょうだい、本を読んで寝かしつけてあげる」 そう言い、布団を広げて少女はもぐりこむ。 誘われるまま用意されている空間へ身を沈めるとエルフの顔はすぐ目の前になり、つい大きな瞳に見とれてしまう。と、もう少し彼女側から近づかれ、のしりと華奢な身体を重ねてくる。 女の子特有の匂いを覚えつつ、肩へと少女の頭は乗せられた。 そしてもうひとつ、背後からしゅるりと衣擦れの音が響いている。 衣服があると眠れない竜は、尻尾まで本来の姿へと戻したらしくダウンライトにゆらゆらと影は踊っていた。「わしのネギソースは負けておらぬからな」「ふふっ、まだ言うのかい。どちらも美味しいし僕は好きだよ」 ギシリと背中側の布団が鳴り、そして黒髪をした美女はもぐりこむ。いつでも眠って問題が無いよう抱きつき、そしてグイと腰を寄せてくる。 うなじに彼女の鼻が当たり、満足そうに「ふう」と息を吐く。 それから少女は一冊の本を広げてくれた。「とある朝、いつものように青年は畑へと向かい――……」 当たり前のように流れてくる精霊のように美しい声。 僕らへ安眠をもたらすためだけの物語は、どこかかけがえの無いものだと思わせる。そのせいで、彼女のひどく華奢な腰を引き寄せてしまう。「あら……仕方のない人。静かに、そっと眠りにつけるよう、私の声に耳を傾けていて」 そのような優しい囁き声を、いつ少女は覚えたのか。 この夜という時間、マリーから抱きしめられて眠る瞬間を、僕はいつの間にか楽しみにしている。読み上げるあいだの息を吸う音、そして窓の外へ響く雨の音。 いつしか心はとても静かになり、夜に溶けるよう沈んでゆく。 最後にひとつ、額になにか温かいものから触れられた気はしたけれど、暗闇のなかではそれの正体に気づけなかった。 おやすみなさい、エルフさん。 いつも綺麗な声なのに、夜はもっと綺麗だね。