丘を越えて 俺達を乗せた車は、アストランティアの街を出て、街道をアキメネスへ向かう。 左手には、俺達が登っていた大崖、そして右手には工事で掘った用水路が走っている。 もう、水路には水が流されているようだ。 青空の下、舗装もされていない土の道を車は走る。砂利も敷いていないので、雨が降ったら大変だろう。 こいつは四駆で、デフロックも付いているし、多少の悪路も平気だと思われる。「丘を超え行こうよ~口笛吹きつつ~」 歌を口ずさむ――ちなみに、この歌の著作権は切れているらしい。「でも、せっかく王都まで行くなら、新しいアネモネのローブとプリムラの上着は着せて行きたかったなぁ」「虫糸から紡ぐのであれば、致し方ありません。そんな贅沢品なんて、普通は着ることさえ出来ないのですから」「ケンイチは、歌も沢山知っているんだね!」「まぁな」 元世界じゃ、音楽に囲まれて生活していたからな。流行りの歌じゃなく、童謡なんかでもかなりの数を知っているかも。 具体的に数えた事はないけどな。「ガァガァ」「メェェェ!」 車の中で、皆で大合唱だ。この世界でも解りやすい歌詞であるのだろう。 アヒルはいないみたいだが、山羊はいるみたいだし。アヒルの歌詞の部分を鶏にしてコケッコーにすりゃいい。 車の中で、皆で笑いながら騒いでいたのだが、突然ニャメナが変な事を言い出した。「旦那ぁ! 俺、やっぱり嫌だよ! 旦那が役人になるなんてさ」「なんだ突然。さっきの話をまだ引きずってたのか」 アストランティアの街で、そんな話をしていたのである。「トラ公はケンイチの事、何も解ってないにゃぁ~。ケンイチは、そういう仕事をする人間じゃないにゃ」「そうそう、そんな面倒な仕事なんて、ごめんだな。人生は明るく、そして楽しく! ナントカ団心得、人生エンジョイ&エキサイティング!」「何語にゃ?」「さぁ?」 しばらく車で進むと、右手に大きな湖が見えてきた。 結構大きな湖で、名前はカズラ湖。俺がコ○ツさんで掘った用水路は、ここから水を引いているらしい。 だが俺達の家の前にあった湖はもっとデカい。元世界でいうと琵琶湖が丸くなったぐらいの大きさがあるのではないだろうか。 そして、そこから1時間45分程で、アキメネスの街が見えてきた。 どの街にも城壁があるのか、この街にも石造りの壁が見える。街の大きさは、アストランティアよりちょっと大きいぐらいだ。 木造と石造りの建物が交じり合った街。アストランティアと同じように、高い建物はせいぜい3階建てだ。 高い建物がないので、空が広いのはどこでも同じだな。 そのまま車で街の中へ進入する。アストランティアと同じように、見たこともない乗り物に、住民たちの好奇の視線が集まる。「はは、大人気だな」「そりゃ、こんな馬なしで走る車なんて、王都でも走ってないにゃ」「俺だって、聞いた事がないよ。それに、この速さ! 今日中に王都に着いちまうんじゃないのか?」「多分、順調に行けば着けると思うけど、急ぐ旅じゃないんだ。王様だって、今日到着するとは思ってないだろ」 プリムラの話では、手紙等が到着するのに最短で――1泊2日。 これは獣人を使った飛脚によるもので、これが手紙配達の最短時間という事になる。 恐らく、俺が貰った国王陛下からの手紙は、この飛脚による特急便だろう。 ただし料金は高く、量も運べないので、通常の手紙は馬車で荷物等と一緒に運ばれて、1週間程掛かるらしい。