ぴくりとエルフが反応をしたのは、老人が夢の世界のことを知っているのでは、と思ったからだ。まるで知っているような口ぶりではあるが、前に一廣へ尋ねたとき首を横へ振っていたはずだ。 まさか、あれを知ったうえで老人は黙っていたのだろうか。 皿を手渡しながら少女はおじいさんをそっと見上げる。手ぬぐいで水気はぬぐわれ、つるりとした光沢へ満足そうに目を細め、そして静かにカゴへ仕舞われた。「たださ、婆さんが言うんだ。夢から戻ってくるほうが可哀想だってな。……なんてことない。戻れていたのは、あの馬鹿な娘が縛り付けていたのさ」 きゅっと老人は蛇口をひねり、水は止まる。 見上げる少女が、話に聞き入って皿を洗えなくなった為だ。「都内に戻ったのも、あの子はどこかで期待をしていたのかもしれん。だからもう会えないかと思っていたが……こんなに可愛らしい子が連れてきてくれてなあ」 わしりとエルフは頭を撫でられた。 ざらざらな手のひらは少々乱暴で、それでも彼の手は温かい。じわりと伝わる体温から老人の想いが伝わるかのようだ。 苦悩の日々であろうとも温かく見守っていたのだろう。それだけに、庭先で彼を迎えたときの心情さえ伝わってしまう。 ごとんと流し場へ皿を置き、それから泡だらけの手で抱きついてしまった。「おじいさま……っ!」「ふふ、これからも楽しく過ごしなさい。だから俺の家にいるときは、その耳かざりを取ってもいい」 なんてことはない、この不思議な老人は全て分かっていたのだ。 その懐の深さへエルフは驚き、だからこそ偽りなく長耳を覆うものを取り外す。正体をあかし心細げに立つ少女へ、ぽんとおじいさんは肩を叩いた。