とぽぽと水筒から注ぐと、湯気とともにふわりと紅茶の香りが漂う。 火を焚かなくても日本から持ち込んだ魔法瓶があれば、いつでも温かい茶を飲めるのは嬉しい。 迷宮は少し冷えるので、明日は温かい料理を視野に入れるべきかもしれない。カバンにしまったキャンプ道具もそろそろ出番がやってきそうだ。「ちょうどいい部屋があって良かったよ、テーブルまであるなんて。昔はマリーと同じ椅子で読書をしていたかもしれないよ」「その人はよほど快適に読書をしたかったのね。ふうん、私と気が合いそうだわ」 本を読む手を止め、ローブ姿の少女は振り返った。 元は書庫か何かだったのだろうか。部屋の棚には書物がいくつもあり、保存効果のおかげで痛みは少ない。古代からある貴重な本ではあるが、持ち歩くのは難しいので読みながら食事をしようというわけだ。「やあ、埃が少ないのも助かるね。これだけ綺麗ということは空気循環の仕組みでもあるのかな」「ええ、あってもおかしくないわ。古代はそういう技術が盛んで――あら、ありがとう。お行儀が悪くてごめんなさい」 書物を読むマリーの隣へ、ことりと紅茶の入ったカップを置く。光の精霊により部屋は明るく、読むことに苦労はしなそうだ。「いいんだよ、それが仕事なんだし。こぼさないよう気をつけて」 そう言うと、こちらを見上げていた少女は、にへらと緩んだ笑みへと変える。 最近気がついたけれど、彼女は世話をされるのが好きなのだ。そして僕が世話好きなのを彼女はとっくに知っている。 そして、くいと袖を引いてきたのは隣に座って欲しいという意味だろう。 まあ、僕らはだいたい触れ合って過ごしているからね。隣へ腰掛けると大きな瞳が待っていた。「さて、いまは何を読んでいるのかな」「ええとね、原始の生物……魔に属する者が生まれた考察についてよ。今は人の時代と言われているけれど、ずっと昔は魔の時代だったの。夜の時代とも言うそうよ」 知っていたかしら?と問いかけられ、僕は首を横へ振る。 すると解説できるのが嬉しいらしく、大きな本を2人で見れるよう広げてくれた。「ずっとずっと昔、世界には夜しか無かったの。生き物は誰もが弱々しかったらしいわ」「ふうん、それならずっと気持ちよく眠れたかもね」「あら、そんなに寝たらあなたの目が溶けてしまうわよ」 くすくすと互いに笑いあう。 いつもは絵本を読んであげる立場だが、今日ばかりは彼女が語り手だ。それがマリーにとって嬉しいのだろう。 細く白い指がカップを手に取り、そしてこくりと飲む。 その姿を見るだけで、なぜか僕は得をしたような気持ちになれる。 さらさらの白い髪には艶があり、そして印象的なアメシスト色の大きな瞳がこちらを向く。ほっそりとした喉を鳴らし、僕が作ったものを飲んでくれるだけで嬉しさを感じるのは不思議だ。「おいし……。甘くて香り豊かで、ここが古代迷宮だなんて忘れてしまいそう。なんとなくあなたの部屋にいる気がするの」「サンドイッチもあるから一緒に食べようか。ウリドラ、ご飯にするからこちらにおいで」「んむっ、待っておったぞ!」 棚を検分していた黒髪の女性も、くるりとこちらへ振り返る。ドレスに似た形状の重装備だというのに、軽々と動いているのは不思議だ。 しかし僕らの向かいへ腰掛けると、ギイッ!と大きく椅子はたわむ。「きっとウリドラの旦那さんは、すごい力持ちなのでしょうね」「んむ、もちろん強いぞ。……今となればどこで遊んでいるかも分からぬがな」