「佐富君、どうしたの?」
「あ、吉祥院さん。実は…」
佐富君の話によると、仮装リレーに出る女子がこの昼休み中に捻挫をして、突然出られなくなってしまったというのだ。その女子は今、保健室に行っているそうだ。
私のクラスではシンデレラの仮装をすることになっていて、シンデレラは柔道部に所属する、ガタイのいい岩室崇いわむろたかし君が女装することになっている。
そして捻挫をした子はネズミの仮装をして、かぼちゃを持って走る予定だった。
「代役はどうする?」
「出られる女子いない?」
昼休みで教室にまだ戻ってきていない女子もいるし、この場にいる女子達はあまり出たくはないようだ。まぁネズミ役だもんね。
う~ん、仮装かぁ。
私は手を挙げてみた。
「よかったら私が代わりに出ましょうか?」
「えっ吉祥院さんが?!」
「麗華様が?!」
クラスメート達が驚いた表情で私を見た。
「ええ。私は玉入れにエントリーしていますけど、玉入れなら捻挫をしていても出られると思いますの。だから種目を交換しましょうか?もちろんそのまま私が玉入れにも出場してもいいですけど」
「吉祥院さん、本当にいいの?」
佐富君が遠慮がちに聞いてきた。仮装リレーってキワモノ競技だからなー。まさかこの私が出るとは思わなかったんだろう。まぁ私もこんなハプニングがなければ率先して出ようとは思っていなかったけど。
「かまいませんわよ。足はあまり速くありませんが」
私は頷いた。私の返事を聞いて佐富君が笑顔になった。
「じゃあ代役は吉祥院さんということで決まりだね」
話が纏まりかけた時に、今度は私のグループの子達が不満を言い始めた。
「麗華様がネズミの格好なんてあんまりだわ」
「そうよネズミの仮装なんて麗華様に相応しくないわ!」
再び場がざわついた。ほかの女子達もなぜか酷いと言い出した。
いや、私は全然不満に思ってないんだけど?それに酷いといっても元々ネズミ役だった女子もいたわけだし。
なんとか宥めようとしても「麗華様がネズミの着ぐるみなんて!」と引かない。さてどうしようと思っていると「じゃあさ!吉祥院さんにはシンデレラをやってもらえばいいんじゃないか?」と、ひとりの男子が提案した。するとクラスメート達もそれに次々と賛同し始めた。
「吉祥院さんならお姫様役ぴったりだし」
「ゴツイ岩室に女装させて笑いを取ろうと思ったんだけど、正統派でもいいよな」
私のグループの女子達も「シンデレラなら」と納得したようで、あれよあれよと私がネズミからシンデレラに変更になってしまった。
私がシンデレラ。でもなぁ…。
「岩室!良かったな!女装するはめにならなくてさ!」
「お前もやりたくねーって言ってたもんな!」
シンデレラの仮装をするはずだった岩室君は友達に肩を叩かれていた。岩室君も「そうだな、ホッとしたよ」となどと言っている。
…でも私は知っている。面白がって柔道部の岩室君にシンデレラの仮装をさせることに決まった後、時々ドレスを試着した岩室君がちょっと嬉しそうだったのを。
「ホッとした」なんて言ってるけど、内心かなり落胆しているんじゃないだろうか。今もちょっとしょんぼりしているように見えるし。
「待ってください。私はネズミでいいですわ」
全員がえっ?!という顔をした。
「シンデレラの衣装は岩室君に合わせて作られていますし、私では身長が合いませんもの。それにシンデレラはアンカーですから、私には荷が重いですわ」
「でも麗華様…」
「その代り、着ぐるみではなく、グレーのワンピースにネズミの耳のカチューシャを付けて、ネズミの足型スリッパに手袋にしていただける?」
私としては着ぐるみでも全然いいんだけど、私の周りが納得してくれなさそうなので妥協案。結構可愛くなると思うんだけど。
「麗華様、本当にそれでよろしいのですか?」
「ええ。無理に丈を詰めたドレスで走っても怪我をしそうですし。それに私、岩室君の女装を楽しみにしていたんですもの!」
私の言葉にクラスメート達が笑った。
「岩室!吉祥院さんのご指名だからもう逃げられないぞ!」
「頑張れよー、女装シンデレラ!」
岩室君は「参ったなぁ」などと言いながらも口元が嬉しそうだ。本当に着たかったんだな、シンデレラのドレス。
岩室君には明日、家にある未使用の化粧パレットをプレゼントしよう。
ドレスだけじゃなくメイクもしたら、もっと喜ぶと思う。禁断の扉の向こうから帰って来られなくなるかもしれないけど。
次の日、化粧パレットを持ってくると岩室君は「ええーっ!」と言いながらもほとんど抵抗しなかった。ほっぺをピンクに塗って口紅を塗っただけだけど、本人は鏡を見ながらご満悦だった。
私はそんな岩室君に、体育祭の前日に使うようにと、高級シートパックをこっそり渡した。これを使うとお肌がつるつるになるのだ。岩室君は目を潤ませながら「俺、吉祥院さんについていきます」と言った。それは遠慮します。
女装癖のあるゴツ男子に懐かれてしまった……。