「秋の収穫祭で農村へ向かえば、そこでは洗礼式、星結び、成人式の全てを一度に行わなければならないでしょう? 何も見たことがないまま、突然儀式を行うのは大変なのです。わたくしは自分の経験上、他の皆には慌てずに済むように儀式の見学をしてほしいです」 神殿長としていきなり神事をさせられたわたしはぶっつけ本番がどれだけ心細いことか知っている。それに、わたしはマイン時代の最初の洗礼式で平民の儀式がどのような物だったのか知ることができたけれど、彼等は平民の儀式を見たこともないのだ。「一年後にわたくしが神殿を去れば、わたくし一人の穴を埋めるために何人も青色神官が必要になるでしょう? 彼等はまだ騎獣を持っていませんし、貴族院に入学していないため魔力も少ないので、全員が神事に向かわなければならなくなります。そうなる前に、わたくしの目が届くうちに、なるべく経験を積ませてあげたいのです」 メルヒオールが神殿長に就任して責任者になった途端に、未成年の見習い達を領地のあちらこちらに派遣することになればメルヒオールも大変だ。洗礼前や貴族院に入る前の子供達を孤児院や神殿で受け入れることを提案したのはわたしなので、彼等が生活に困らないように、青色見習いとして生きていけるように道を作ってあげることは大事だと思う。「ローゼマイン様のお考えはわかりました。ですが、せめて、青色見習い達の見学は夏の成人式からにしてください。新しいことを始めるには準備期間が必要ですし、青色神官達にもそれぞれの意見があるでしょう。何より、見学にも儀式用の衣装の準備が必要になります」 季節一つ分の余裕があれば、儀式用の衣装を整えることも、青色見習い達に付いている側仕えと連携を取って教育もできると言う。夏の成人式と秋の洗礼式を見学すれば、儀式の流れや雰囲気はわかるだろう、と言われてわたしは頷いた。「では、青色神官達への根回しや準備はフラン達に任せます。儀式用の衣装はお金があるならば新調しても良いし、ないならば以前の青色神官や青色巫女が置いていった物で誂え直すように助言してあげてください」 わたしの時は適当な大きさの物がないとか、平民に与える物などないと前神殿長が言ったとか、いくつかの理由で新調するしかなかったけれど、今は粛清などで保管されている青色の衣装が増えている。ずっと保管しておいても生地が傷むのだから、使える物は使ってもらえば良い。「かしこまりました。青色見習い達の側仕え達に収穫祭への参加を伝え、教育と準備の開始を命じましょう。秋の収穫祭のためにメルヒオール様を始め、青色見習い達に夏の成人式、秋の洗礼式の見学をさせるため、他の青色神官達の意見もまとめます」 根回しは始めるけれど、正式な発表は春の成人式が終わってから、という話で側仕え達との議論は終わった。 そして、成人式当日。わたしはわたしで結構緊張していた。夏の成人式でトゥーリが成人するのだから、今日の春の成人式にはルッツの兄であるラルフがいるはずなのだ。マイン時代の知り合いで、わたしのことを覚えていそうな知り合いはルッツの兄くらいだが、ザシャとジークはうまい具合にわたしが参加せずに終わった。 ……ラルフにバレたりしないよね? わたしは鏡を見ながら儀式用衣装を少しつまんでみる。ボロ服を着ていたマインとは似ても似つかない恰好だ。それに、もう何年も前に死んだ近所の子供のことなんて覚えてないと思う。わたしが小さい神殿長として下町で噂になった時もトゥーリやルッツからは何も言われなかった。 ……わたしもラルフの顔がわかるかどうかわからないから……うん。平気だよね。 そう自分に言い聞かせながら、わたしはフランや護衛騎士と礼拝室前に移動する。「神殿長、入場」 ギギッと開かれる扉とたくさんの視線に緊張しつつ、わたしは聖典を抱えて礼拝室に入った。ひそひそと交わされる会話に耳を澄ませながら、壇上に上がる。 ……どれがラルフだろう? 少し目を凝らしながら、下を見下ろす。ここにラルフがいるはずなのだが、壇上からでは皆が成長しすぎているし、誰も彼も春の貴色の緑をまとっているのでよくわからない。 ……ラルフは赤毛だったから、あれかこれかそれか……。うーん、面影があるような気がするからあれがラルフかな? うーん、よくわからないね。 貴族らしい笑顔を貼り付けたまま、わたしはどうでもよいことを考えていると、ラルフが目を凝らすように少し顔を歪めて、やや首を傾げる。 ……あれ? 何か気付かれた? ちょっと不信感を持たれちゃった? わたしは急いで聖典に視線を向けて視線を逸らした。そして、貴族生活で培った作り笑顔でいつも通りに儀式を行う。「水の女神 フリュートレーネよ 我の祈りを聞き届け 新しき成人の誕生に 御身が祝福を与え給え 御身に捧ぐは彼らの想い 祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」 祝福を与えれば神事は終わりだ。新成人達が礼拝室から出ていくのを見送っていると、ラルフが一度振り返った。 ……あ、あぅ、ラルフにバレたのかどうか調べたい。でも、下手に突いたほうが藪蛇やぶへびになりそうじゃない? どうしよう? もし、何かあったらトゥーリやベンノから連絡があるだろう。しばらくは黙って様子を見るしかなさそうだ。 春の成人式が終わり、神殿では青色見習い達を含めて会議が行われた。根回しをしてくれたザームによると、成人の青色神官達も人手不足は嫌という程実感しているようで、特に不満はなかったそうだ。むしろ、領主の後見を受ける立場なのだから働け、という気分らしい。 人手不足のため、そして、各自の冬支度のために秋の収穫祭に参加しなければならないことを理由に青色見習い達にも告げ、準備をするように命じる。祝詞の暗記、儀式用の衣装、馬車の手配、料理人と食料品の調達などやらなければならないことは多い。 ただ、初めての未成年に全ての神事を任せるのは難しいため、今年の収穫祭だけは成人の青色神官とペアを組ませることが新しく決められた。「あの、姉上。少しお時間よろしいでしょうか?」 ニコラウスが少し不安そうに尋ねてきた。今日の護衛がマティアスとユーディットで、コルネリウス兄様がいないせいだと思う。コルネリウス兄様には邪険に追い払われるので、ニコラウスはコルネリウス兄様が苦手そうだ。「構いませんよ。何か質問があるのかしら?」「はい。私の冬支度は父上が手伝ってくれるのでしょうか?」