「ケンイチ、回復の魔法を試しちゃだめ?」「う~ん、どうかなぁ……」 だがこりゃ、人体実験になってしまうよなぁ。「あのぉ、治癒魔法が使えるようなら、お願いしたいのですが……」 俺とアネモネの会話を農民達が聞いていたようだ。「この子が初めて使う魔法だから、成功するか解らんぞ? それでも良いのか?」「しかし、このままでは……」 魔法の治療を受けるのは金が掛かる。農民達に治療を受ける金はなく、医学も発達していないこの世界では、助かる見込みが少ない。 魔法の実験台として、タダで治癒魔法を使ってもらえれば、御の字というわけだ。「それじゃ――魔法の実験台として、無料で施術するって事で同意するか?」「はい……」「魔法を使ってもらえるだけで、ありがてぇ」「どのみち、これじゃ……」 農民達は、アネモネの魔法実験に同意した。本人の同意がないのだが、非常事態につきやむを得ない。 アイテムBOXから、回復の魔導書を出す。「くそ、こりゃ汚ねぇな」 アイテムBOXからティッシュを取り出して、とりあえず拭く。汚れたティッシュはステータス画面のゴミ箱へ。「洗浄の魔法を使ってみるよ」「お? 新しいやつか」「うん! 洗浄!」 アネモネが魔法を唱えると、汚物まみれだった黒い魔導書を青白い光が包む――それが終わると、若干綺麗になったような……。「う~ん? もう1回やる! 洗浄!」 結局、3回程魔法を使い、やっと臭わなくなった。なるほど――この生活魔法ってのがあれば、電化製品は要らないかもな。 金持ちは魔導師を雇って、電化製品代わりに使っているのかもしれない。 アネモネは荷台に乗ると、毛布を被せた女達の前で魔導書を開く。そして精神を統一し始めると、青白い光が彼女の胸の前に集まっていく。 女達の側にいたベルが荷台から飛び降りると、俺のところへやって来たので、しゃがんで身体を撫でてやる。『全ての根源たる真理よ、傷つき病に倒れた者を癒やす光を与え給え』 眩しく光る小さな玉が、動かない女の身体へ染み込んでいく。 魔法が終わったようなので、荷台に昇って女の様子を確かめる。「ん~、若干顔色は良くなったかな? だが、しばらく経たないと成功したかは解らないな」 アストランティアの婆さんの所で治癒魔法を見たが、この世界の回復の魔法はこんな感じらしい。 ゲームのように、いきなり死にかけが復活したりとか、無くなった手が生えてきたりはしない。 まして、復活の呪文で生き返ったりもしないのだ。残りの女達にも魔法を使った。「手伝ってくれてありがとうな。お前達にも何か分前をやろうか?」「と、とんでもありません。治癒魔法まで使っていただいたのに」「魔法は実験台にしてしまったのだから、気にするな」「しかし……」「仲間や女房の仇が討てただけで、万々歳ですよ」「そうだなぁ、犠牲者どころか、けが人も出てないし」「まぁまぁ、皆で頑張って討伐を成功させたんだ、何か手土産があってもいいだろう?」「俺みたいに、牙で首輪を作ったらどうだ?」 会話に割り込んできた爺さま獣人が、自分の首に掛けている動物の白い牙を指差す。