お雑煮に飽きた私がお汁粉にはまっていた頃、愛羅様達はそんなことになっていたとは…。
「なんとか雅哉を家に連れ戻すことができて、ほら風邪を引いて具合が悪くなってたから、これ以上旅が続けられなくなったの。それでもすっかり元気がなくなっちゃって、まるで別人のようでしょう。私達もとても心配しているの」
「そうですか」
ずいぶん深いところまで聞いてしまった…。よくない流れだ。
「私のような無関係な人間が、ここまで聞いてよいのでしょうか」
無関係を強調してみる。無駄な足掻きっぽいけど…。
「それでね」と愛羅様は身を乗り出してきた。
「雅哉を立ち直らせるために、麗華ちゃんにも力になって欲しいの。お願い麗華ちゃん」
「私ではなんのお力にもなれないと思いますけど…。特に親しくもありませんし。舞浜さんに頼んでみては…」
愛羅様は「そんなことはない」と私の手を握ってきた。
「麗華ちゃんならきっと力になれる!だって学園祭の時、ずっと不機嫌だった雅哉が唯一表情を変えたのが、麗華ちゃんの執事姿を見た時だけだったんだもの。あいつは俺の言ったことを全く守っていないとか言って。雅哉が優理絵以外の女の子に興味を示すなんて、普段あまりないのよ!」
それは私に興味があるというより、仮装へのダメ出しをしたいだけだと思います。
「それに悪いけど恵麻さんでは雅哉の心は動かないと思うわ」
愛羅様はきっぱりと言った。
「いや、でも~」
「お願い、麗華ちゃん!優理絵も責任を感じちゃって精神的にかなり弱っているのよ。雅哉が元気になるようにアドバイスなり話しをするなりしてあげて?ね、お願い」
ううっ…、愛羅様のお願いは断りづらい私です…。
でもやだよぉ、悩んでいる人を立ち直らせるスキルなんて持っていないし、そもそも面倒事には関わりたくないし。
「麗華ちゃん」
「う……わかりました」
────底なし沼に片足を突っ込んでしまった。
アドバイス。そう言われてもどんなアドバイスをすればいいの?
失恋を吹っ切る方法ねぇ。本当は若葉ちゃんとの新しい恋が始まるのが、立ち直る一番のきっかけなんだろうけど。今のところ始まる兆しすら見えないし。
若葉ちゃんをけしかけてみる?いやいや、これ以上危ない橋を渡るのはやめておこう。
そうだなー…。
「あのー、鏑木様?」
サロンでぼんやりと座る鏑木に怖々話しかけてみる。隣の席には微笑む円城。
「つらい俗世を忘れ、ヨーロッパの女人禁制の厳しい修道院に入るというのはいかがでしょう。鏑木様にはトンスラもとてもお似合いだと思いますわ。薔薇の名前の世界です」
「……」
「吉祥院さん、ちょっといいかな」
私は笑顔の円城に腕を掴まれ端に連れて行かれた。
「雅哉がなんでトンスラで修道院に入らないといけないんだよ。しかもヨーロッパって」
「やはり鏑木様のような方でしたら本場がよいかと」
「却下」
我がままだなぁ。
私はもう一度鏑木の元に戻った。
「鏑木様、日本には比叡山と高野山という場所があります。どうでしょう、俗世を捨て丸坊主にして仏に仕えるというのは。鏑木様には丸坊主もお似合いだと思いますわ。西行の作ったホムンクルスにも出会えるかもしれません」
「……」
「吉祥院さん、ちょっと」
さっきより強く、円城が私の腕を引っ張った。
「雅哉を出家させようっていう考えから離れてくれるかな。吉祥院さん、君、厄介ごとを遠い地に封じようとしてるでしょ」
「まさか、そんな。私は気分を一新するがいいのではないかと思っただけですわ。善意です」
「嘘つき」
酷い。ひとの真心を信じられないなんて、円城の心は歪んでいるね。
「トンスラ…丸坊主…」
鏑木がつぶやく声が聞こえた。
「ほら、鏑木様も興味を持ったようですわ。鏑木様、私はトンスラをお薦めしますわよ!」
「吉祥院さん、もういいです」
せっかくの私のアドバイスだったのに、円城に追い払われてしまった。いいアイデアだと思ったのにな。
善意です。
愛羅様からは“雅哉のことは私達でなんとかすることにしたから。ありがとう”というメールをもらった。
あら、そうですか?役立たずで申し訳ありません。