「非常においしい物が多いですね。領主会議の時に何度か口にしましたが、今日のように勝利と共に味わうと格別においしく思えます。それにしても、ローゼマイン様のお皿にはほとんど載っていないようですが……」「わたくしは欲しい分ずつ側仕えに取り分けてもらっていますし、騎士の方からは少なく見えるのかもしれませんね。おいしくいただいています。ヴァルゲールのクリーム掛けは今の季節しか食べられないのですよ。ぜひ味わってくださいませ」 客人に出しているのに、ホスト側がおいしそうに食べないわけにはいかない。食欲がないせいか、味がないように感じる料理をわたしは笑顔で口に入れた。「こちらのお酒はダンケルフェルガーの方にも気に入っていただけるお味ですか?」「えぇ、もちろんです。普段飲んでいるヴィゼよりずいぶんと強いですが、素晴らしい味だと思います」 ハイスヒッツェはお酒の入ったカップを手にご機嫌だ。ダンケルフェルガーではよく飲まれているヴィゼではなく、エーレンフェスト独自のお酒があるのが嬉しいらしい。 ……そんなに大きなカップでグビグビ飲むお酒じゃないと思うんだけどね。 ダンケルフェルガーの騎士達百人がこの勢いで飲み出したら、確かにエーレンフェストの酒蔵はピンチだろう。「あの、ハイスヒッツェ様。質問をしてもよろしいでしょうか?」 ローデリヒがわくわくとした表情で問いかける。お酒を飲んで気が大きくなっているらしいハイスヒッツェは「何でも尋ねてくれ」と鷹揚に頷いた。「今回の戦いでダンケルフェルガーの騎士達に死者がいなかったというのは本当ですか? 連続して行われた激しい戦いだったので、信じられなくて……。ダンケルフェルガーの騎士達の強さの秘訣を教えてください」 ゲルラッハの戦いの後、勝利宣言を出した時にダンケルフェルガーの騎士達は十人の十列で並んでいた。指揮官であるハンネローレとハイスヒッツェはわたしと一緒にバルコニーにいたのだ。脱落者なしである。「今回、ダンケルフェルガーの騎士達に被害がなかったのはローゼマイン様とフェルディナンド様のおかげです」 ハイスヒッツェは少し真面目な顔になってそう言った。「毒を防ぐために口元を覆うように、それから、ユレーヴェを必ず携帯するように、と予め指示がありました。グラオザムが放った毒で魔力の塊ができて重症になった者は十人以上いますが、即死は免れています。逆に、毒の特性を知らされていなかった敵やゲルラッハのギーベ騎士団は被害が大きかったようです。一瞬で魔石になった者が何人もいました」 その瞬間、脳裏に魔石が輝いて落ちていく光景が蘇った。鳥肌が立って、グッと胃から食べた物が逆流してくる。わたしは口元を押さえて必死に嚥下した。ここで嘔吐するわけにはいかない。「ローゼマイン」 どこからかフェルディナンドの声が聞こえた。振り返ろうとした時に小広間の扉がバーンと開く。「ローゼマイン、無事か!? 助けに来たぞ!」 飛び込んできたおじい様が鎧姿のまま、猛然とこちらに駆け寄ってくる。あまりにも驚いたせいだろうか、唐突な吐き気が消えた。皆が呆然としている中、おじい様はわたしの無事を確認するように上から下まで見つめる。「わたくしは無事ですよ。おじい様のおかげで元気です」 吐き気から救ってくれたので嘘ではない。そうか、と頷いた後、おじい様は養父様のところへ向かい、怒鳴った。「私が戻る前に祝宴を始めるとは何事か!? フェルディナンドを戻すためには転移陣を動かすくせに私のためには動かせぬとはどういうことだ!? イルクナーから戻るのに苦労したぞ!」「……ローゼマインとフェルディナンド、二人の魔力があれば転移も容易いが、そうそう魔力の無駄遣いはできぬ。其方ならば自力でも宴に間に合うと私が言った通りになったではないか」 おじい様一人のために転移陣は動かせないと養父様は言ったらしい。ダンケルフェルガーと情報の擦り合わせをするのが目的だったならば、おじい様が後回しにされるのも仕方がない気がするけれど、今言い合うことではない。「ローゼマイン、ボニファティウス様にイルクナーの話を聞きたいとお願いしなさい。ついでに、着替えてくるように言ってくれ」 いつの間にか背後に立っていたフェルディナンドにそう言われて、わたしはおじい様に近付いた。「おじい様、今はダンケルフェルガーからお客様がいらっしゃっています。お召し替えの後でおじい様の武勇伝を聞かせてくださいませ。わたくし、イルクナーがどうなったのか気になっているのです」 ブリギッテは戦いの最中に貴重な情報をオルドナンツで送ってくれた。イルクナーが今どうなっているのか知りたい。わたしがお願いすると、おじい様は笑顔で頷いてくれる。「よし、わかった。聞かせてやろう。待っていろ」 機嫌よく小広間を出ていくおじい様を見送るわたしに新たな武勇伝が加わった。お母様はハンネローレから取材中。ヴィルフリートとメルヒオールのお話。おじい様の帰還。音速を超えるようなスピードで戻ってきました。次は、その4です。