魔術によって引き延ばされた体感時間。凌辱者にとってはほんの数秒の出来事が、セリスには数時間にも感じられた。それを数万回にわたって繰り返させられ、精神は崩壊し、バケツ頭の子どもに介護される生活にまで堕ちてしまっていた。身に沁みついた凌辱の痕跡は、深い。「騎士団長……起きて下さい、騎士団長……」シャロンは瞳に涙を浮かべ、「セリス様……」ハレンは喉を鳴らして声を震わせる。「団長……わたしは……」フレアが悔しそうに拳を握りしめ、「……」ステアは無言で、唯一の上官を睨み据えていた。その時、ピクッ――とセリスの指が揺れた。今までセナとの再会、リトリロイとの再会を経ても何の反応も無かったセリスが、治療を終え、仲間達の声に反応したのだ。「騎士団長!」その反応にいち早く気づき、セナが叫んだ。しかし、「皆さん、危険です……!」アン・ミサが鋭く叫び、警告した。セリスの動きが、常軌を逸して早くなっていたのだ。半分死人のようになっていた女が、汗を掻き目を泳がせながら全身で震えていた。「アッ……アァッ……」喉から溢れ出す声に、意味は無い。「セリス団長……」ステアが呻く。憧れ、尊敬した騎士の成れの果て。セリスは崩壊した精神のまま立ち上がり、「ウアァァァァァァァッ!」セナ達を弾き飛ばして転がり、部屋の片隅に置かれていた長剣を手に取った。「セリス……!」その有様にリトリロイが声を向けると、「……リト……う、ちが……ウアアアアアアアアアアアッ!」セリスの混乱はさらに深まった。刃を抜き放ち、周囲を威嚇する。その様子を見て、アン・ミサは目を瞑った。無理だった。全身全霊を尽くしたが、自分ではセリスを助け出す事が出来なかった。軍神セリスの魂は汚辱の記憶に囚われ、現実に戻って来る事を拒んだのだ。