全身にたくさんの飾りをつけた娘が弦楽器を鳴らす。 じゃらん、と異国を思わせる独特の旋律、そして対になるよう向かい合っていた娘が喉を震わせると、沈みゆく夕暮れのなか心地よい音楽を生む。 深い深い、彼らの時代を感じさせるような歌声だった。声はどこまでも澄んでいるのに、それが不思議と胸を打つ。 地酒が用意されて皆へ振る舞われると、懐かしい歌声へうっとりと目を細める。ここは観光に訪れた者たちを楽しませ、そして癒やす地だ。だから傷ついたものに手を差し伸べ、喜びをさらに高めるような音楽を好む。 怪物の襲撃により傷ついた浜辺であろうとそれは変わらない。 水平線にはまだカリュブディスの死骸が山のような形で残されており、それを見ようと訪れる者達は後を絶たない。 ずうっと後に聞いた話では、これが祭りになったらしい。 毎年一度、浜辺に皆で集まる。歌い、踊り、宵の明星を見上げて感謝をするのだとか。 それは今も同じかもしれない。 酒を飲み、音楽に聴き惚れ、そして討伐者には感謝と祝福の言葉がつのる。伊豆とはまた異なる旅人たちへのもてなしに、マリーもまたうっとりと聞き惚れていた。 それから長く白いまつ毛を揺らし、思い出したようにお皿をテーブルへと運ぶ。これらの道具は、何も言わずとも彼らが持ち込んでくれた。もちろん食材もだ。 ごう、と焚き火は燃え上がり、それと同時に音楽はより明るいものへ変わった。これもまた観光客を楽しませるものだが、今宵は彼らの喜びが満ち溢れている。怪物という将来への憂いは晴れ、誰しもが見知らぬ僕らへ笑顔を見せて同じ酒を飲み、また笑う。 話題はもっぱら化物との戦いについてだったが、それ以外は異国から訪れた美女らへの賞賛が多い。水着や上掛けには花を飾られ、綺麗だ、美しい、忘れられないと褒めちぎる。 それもまんざらでは無いらしく、最初は困っていた彼女らもやがてよく笑うようになった。 そのように平和的な光景を眺めながらも、今夜の僕は料理番だ。少なくとも日本から持ち込んだものは他の人に任せられない。 ただしいつもとは勝手が異なり、ぐつぐつと煮詰めた鍋、泡を吹き出す竹製の飯ごう、さらには差し入れられた山のような食材に囲まれている。 いや、忙しいねと目を丸くしているのに、マリーが言うには生き生きとしているらしい。「はい、そっちの魚は調理をお願いします! マリー、吹きこぼれに注意して、そのまま見ていてくれるかな。お皿、お皿の準備をお願いしまーーす!」 厨房とも呼べない簡易的な調理場は、地元住民も手伝っての大忙しだ。 焚き火では葉で包んだものを蒸し焼きにしているらしく、浜辺には熱した果実の香りが漂い始める。もう少し離れた所では油を使った調理を始めていて、こちらもまた実に食欲を誘う。