明日からいよいよ中間テストなので、最後の復習をしておく。しばらく問題集を解いていたが、書き損じた部分を修正するために消しゴムを取ろうとした時、ふと参考書の山に挟まった瑞鸞大学のパンフレットが目に入った。 ちょっと休憩しようかな。 私はベッドにごろんと転がって、大学のパンフレットを見ながら、将来について考えた。 実は私には子供の頃から抱いている野望がある。──それは一攫千金。 没落した時のことを考えて、小学生の頃からコツコツ貯金をし、将来は福利厚生のしっかりした所に就職(公務員希望)して手堅い人生を送ることを第一目標としていたが、一方で濡れ手で粟の人生にも途轍もなく憧れているのだ。はぁ~、いいよねぇ。一生困らないだけのお金を稼いだら、あとはのんびり悠々自適生活。うっとり。 でもだからと言って宝くじで1等が当たるとか、見ず知らずのおじいさんを助けて遺産が転がり込んでくるとか、そんな夢みたいなことは考えていない。私はもっと堅実だ。 そしてそんな堅実な私が一体なにでボロ儲けを狙っているかというと、それはズバリ発明だ。 主婦が発明して大ヒットとなった、洗濯機のゴミ取りネットやつま先スリッパのような商品をいつか私も発明して、夢の不労所得生活を狙っているのだ! 憧れのパテント料生活のためにも、私は大学では特許について学べる学部に行きたいと考えた。でも内部進学での倍率が高いなぁ。それとどうせ特許を勉強するなら、弁理士になって自分の発明を自分で特許申請できたら楽でいいよねぇ。コツコツ人生に国家資格は必須だし一石二鳥だ。資格の本がどこかにあったはず…。どれどれ、ふんふん。まずはためしに検定から受けてみるか。 最初は発明主婦達のように日常生活の便利グッズの発明から始めて、できれば最終的には世界をアッと驚かすようなものを作りたい。そしてアメリカのニュース雑誌で、世界で最も影響力のある100人に選ばれるのだ。「ぐふふふふふふ」 私は雑誌で艶然と微笑む将来の自分の姿を思い浮かべて、ベッドの上で足をバタバタと動かした。 野望への第一歩に、まずは何を発明しようか。身近な物からの発明というと、やっぱり先人達に倣ってキッチングッズやダイエットグッズかしらねぇ。これさえ使えば簡単ダイエットもの。う~ん…、たとえば着るだけで全身のツボを押してみるみる痩せる衣類とか。でもある程度の強い刺激を与えるには、硬い素材じゃないとダメだよね。硬い素材。金属か。そうだ、鎖帷子なんてどうだろう。ダイエット・ネオ鎖帷子。アヴァンギャルドでいて、コンサバティブなデザインですので、インナーとして場所を選ばずお召しになっていただけます。首元からチラリと見える鎖帷子がファッションのアクセントになって、とっても素敵ですよねぇ。夜中の通販番組で売ってもらおう。そして1時間で数億円を売り上げるのだ。「うひょひょひょ」 そのうちどこかのファッションデザイナーから、コラボの依頼がきたりして?!世界展開なんかしちゃったりして?!この勢いだと一等地に鎖帷子御殿が建っちゃうかも~?!「うひょひょひょひょひょひょ」 これは笑いが止まらないっ。まずは会社を興さねば。 それ以外では最近のオイルブームに乗っかって、魚の脂でヘアパックっていうのはどうだろう。青魚のツヤを貴女の髪に。新感覚ヘアオイル“サヴァーandブリェ”新発売。……イケる! そうなると消費者のニーズにお応えして、他の商品も出した方がいいかな。同、青魚からの贈り物シリーズで、ドコサ(シャンプー)、ヘキサ(コンディショナー)、エンサン(ボディソープ)も新登場。お求めはお近くの取り扱い店舗、またはネットで。……売れる! あぁ、湯水のように湧いて出るアイデアがとまらない!一等地に青魚自社ビルが建っちゃうかも~?!巨万の富はもう目前!「ひょひょひょひょひょ~っ!」 コンコンと部屋のドアを叩く音がした。「麗華、もう遅いから寝なさい」「はい、お兄様」 いけない、いけない。ちょっと興奮しすぎちゃった。 気分転換もできたことだし、さてそろそろ勉強を再開するか。ぎゃっ!信じられない。休憩してから1時間以上も経ってる!いつの間に?! 私はタイムロスした分を取り戻すために、栄養ドリンクをぐびぐび一気飲みして大慌てで机に向かった。今夜は徹夜で勉強だ!未来の富豪生活のためにも頑張るぞ! そんなこんなでなんとかテスト最終日まで乗り切ると、鏑木はテストの打ち上げという名目で若葉ちゃんをそのまま放課後デートに連れ出した。体力あるなぁ。私はこの数日の睡眠不足で意識朦朧。心身ともにボロボロになって、帰宅後ノンストップ10時間睡眠に入ったっていうのに。 あとで若葉ちゃんに電話でそれとなく話を聞くと、連れて行かれた場所は有名なチョコレートの専門店だったらしい。「あのね、1日個数限定のチョコレートパフェを食べに連れて行ってくれたんだけど、そのパフェに使われているチョコレートアイスがとっても濃厚で深い味わいで、私の中のチョコレートパフェの概念を覆すくらいおいしかったの!」 どうやらあれだけ悩んでいた鏑木のデートプランは、若葉ちゃんに高評価をいただけたようだ。しかもなんと鏑木は次のデートの約束まで取り付けたらしい。「そのあとで立ち寄ったお店の壁にアンモナイトが埋まっているのを見つけてね。私が瑞鸞でも大理石の壁の中の化石探しをよくしているって話をしたら、鏑木君も実は古生物学が好きで、瑞鸞のどこの壁になにが埋まっているって私よりも詳しかったの!もう話が尽きなかったよ。でね、今度一緒に恐竜展に行くことになったんだ」 …デートで恐竜展というのはなかなか個性的だけど、若葉ちゃんも楽しみにしているようだし、円城が言っていた相手の趣味嗜好に沿ったデートコースとしては合格点みたい。やるじゃないか鏑木。 そして数日後、中間テストの順位表が貼り出された。「麗華様、先日の中間テストの順位が発表されたようですよ」「あら、本当ね」 今回の私は少し、いやかなり自信がある。いつものように、それほど興味もないけれど一応見に行きましょうかという演技をしつつ、みんなと一緒に掲示板に行く。その間に「修学旅行の疲れが出てしまって、私はあまり試験勉強ができなかったの」という保険もしっかりかける。 掲示板の前は黒山の人だかりだった。さぁ来い!学年10位以内! え…っ。「まぁっ、今回も鏑木様がトップでしてよ」「さすがは鏑木様ねぇ」 芹香ちゃん達が横でなにかしゃべっていたけれど、私はそれどころではなかった。 無い…。私の、名前が、どこにも、無いっ! 私は順位表を何度も上から下まで確認した。……無い。嘘でしょ。 あれだけ恋に現を抜かしていた鏑木が1位で、真面目に毎日コツコツ勉強をしてきた私が圏外?!ありえない。ありえなーいっ!「あー、今回も高道には勝てなかったなぁ」「結構頑張って勉強したからね~。でも水崎君だって3位だよ」「まぁな。次回は絶対に勝つよ。とりあえず高道2位おめでとう」「えへへぇ。ありがとう。水崎君もね。3位おめでとう」「ありがと」 少し離れた場所では、若葉ちゃんと同志当て馬がお互いの健闘を讃え合っていた。 若葉ちゃん、結構頑張ったのか。ちなみに私もかなり頑張ったんですけど…。こう言ってはなんだけど、若葉ちゃんは生徒会の仕事が忙しかったり、休日は私と遊んだりもしていたし、鏑木なんか恋に浮かれてほとんど勉強なんてしていなかったよね?!なのになんなのこの差は。私と彼らのなにが違うと言うの?!テスト期間中はほとんど寝ないで勉強して行ったのに。栄養ドリンクを何本消費したと思っているのよ。吹き出物が出来て、ちょっと胃も荒れたよ。 そこへモーセの海割れをさせて、鏑木と円城がやってきた。 鏑木は周囲の称賛の声にも淡々とした態度で、自分の順位を特に感動もなく一瞥した。そして片眉を上げると、隣の円城に「秀介、調子が悪かったのか」と聞いた。 円城はそれに対して、苦笑いで応えた。 鏑木が1位、若葉ちゃんが2位、同志当て馬が3位。そして円城は4位だった。 円城が4位か…。4位で調子が悪いって言われちゃうのもどうかと思うけど、でも考えてみたら今まで円城ってトップ3から滑り落ちたことがないのよね。そんな円城がその座から陥落するとは意外だったな。とは言っても充分好成績の4位だけどね。4位。…4ってちょっと不吉な数字だよね。私の呪いが効いたかな? 私の視線を感じたのか、鏑木がふいにこちらを向いてぱちりと目が合った。 目が合った鏑木は一旦私から目を外すと、順位表に向き直り視線を上下させ、もう一度私のほうを見た。「……」「……」 やめろ。そんな目で見るな。 鏑木の口ほどにものをいう目から逃れるように、私は芹香ちゃん達を連れて教室に戻った。「ねぇ、さっき鏑木様が麗華様を見つめていらっしゃらなかった?」「菊乃さんも気がついた?熱い眼差しで麗華様を見ていらしたわよね!」 芹香ちゃん達はきゃあきゃあと盛り上がっているが、見当違いも甚だしい。鏑木のあの目は「お前、塾だ家庭教師だって散々ガリ勉発言していたくせに、全然成績良くないじゃないか」って言ってたんだよ!ああっ!鏑木の呼び出しを断る口実に、勉強なんか使うんじゃなかった!恥ずかしくて居たたまれないっ! その後配られた成績表を、誰にも見られないようにそ~っと確かめる。…やだっ、死人番号!不吉! 想像以上の下落ぶりに、激しい動悸と息切れに見舞われた。塾の日数増やそうかな…。 ショックを放課後まで引き摺ったまま、ピヴォワーヌのサロンの隅で無言でお茶を飲んでいると、芙由子様が「元気がないようですけど、なにかお悩みごとでも?」と、そっと声を掛けてきた。「悩みがあるのなら、私にお力にならせてくださいませ。実は私、この度リュレイア様のお導きで、巫女見習いになりましたの」「巫女見習い…?」 リュレイア様って誰?ってあぁ、前に芙由子様に呼び出されて紹介された、自称ヒーラーの人か。巫女ってまた怪しげなことを…。「ええ。天に仕える私達巫女は悩める人々を導くことが使命ですの。麗華様、私の手をお取りになって。まずはこうして私の手から麗華様に気を送りながら、心も浄化し癒していきます」「はぁ…」「ほら、だんだん体の中を温かい気が巡っていく感覚がございませんか?」 いや、全然。すると芙由子様が突如、ウィ~~とホーミーのようなうなり声をあげ始めた。「ちょ、ちょっと芙由子様」「天使を降ろします。ウィ~~」「やめて、やめて」 お願い、人目を気にして。近くにいた何人かの人達が妙な音に気づいて「携帯?」「蝉?」と、その音の発生源をきょろきょろと探していた。「私はまだ巫女見習いですが、精一杯導かせていただきますわ。5人導けば正巫女になれますのよ。さらに10人導けば中級巫女、20人導けば上級巫女に…」「…芙由子様、それって」 ネズミ講ですよ、芙由子様! 私は鍋や洗剤を例に、ネズミ講というシステムについて、芙由子様に懇々と諭した。悩みを解消してくれるどころか、更に悩みが増えた気がする…。