紫水晶のように幻想的な色をしており、パジャマに身を包んだ肌は透き通るようだ。それでいて唇は花のように色づいており、にこりと微笑まれたら僕なんてイチコロだ。「えっと、マリー、そろそろ眠る時間だけど横にならないで良いのかな? なんなら絵本を読んであげても……」 そう提案をしたのだ、おいでおいでと彼女は手まねきをしてくる。ハテナと小首を傾げつつ、身を乗り出すと彼女もまた顔を寄せてきた。「今夜は良いの。もうすこしだけ余韻に浸っていたいから、あなたもしばらく付き合って頂戴。私の、だ、ん、な、さ、ま」 見とれてしまうくらい可愛い子が、そう耳元に囁いてくるのは反則だ。 ぼっと顔は熱くなり、対称的にマリーは満足げにニヤニヤとした笑みを浮かべている。「ふふっ、あなたって可愛い。前から思っていたけれど、一廣さんって純情ね。ねえ、もうちょっと近くで見せてくれないかしら」 あれえ、今夜のマリーはご機嫌だぞ。ウキウキした表情で僕の頬を押さえつけてきて……あーーっ、だめだめっ、スマホで撮影とかしちゃ駄目っ! などという反対なんて簡単に押し切られ、ぴっと2本の指を立てるマリーと共にシャッター音を部屋に響かせた。「うーん、男女のリアクションが入れ替わっていないかな。普通ならきっと逆になると思うんだけど」「んふ、私は別に気にしないわ。だって結婚を誓い合った夜ですもの。いつだって思い出したくなるほど素敵な告白だったし、ちょっとだけ舞い上がってしまうのは仕方ないわ」 くるんと振り返ってきた少女は、まだ半渇きの髪をしている。真っすぐに僕を見つめてくる表情は、ずっと昔に想像なんて出来なかった。 そう思っていたのは僕だけでは無かったらしい。とても良い笑顔で、彼女は残酷なことを言ったのだ。「不思議、すごく不思議。あなたと出会ったころなんて、とても大嫌いだったのよ? いつもニコニコしていたあなたは、きっと気づけなかったでしょうけど」「えっ、冗談だよね?……ああ、本当なんだ。すごくショックだよ」 一点の曇りも無いまなこで「?」と小首をかしげられて、僕はひっそりと溜息をした。 そしてずっと前、当時の彼女の面影が蘇ってくる。いつも眉間に皺を刻み、不機嫌そうにしていた表情だ。 当時の彼女と今の彼女。それがまるっきり別人のように感じられて、確かにと僕もうなずく。「ん、確かに不思議だ。こんなに距離感が変わっていたんだね」「ええ、知らず知らずのことで私も気づけなかったわ。もう鼻をこすりつけあったって気にならないだなんて」 そう言って、形の良い鼻をこすりつけてくる。お風呂上りとはいえ秋らしい冷える夜だ。ほんの少し冷たくて、ぺちぺち鼻同士が触れ合うとくすぐったい。 にへらと互いにだらしない笑みを浮かべ、それからマリーは周囲の布団を手にすると僕に腰かけてくる。あったかい布団と少女から伝わってくる体温があれば、秋の夜でも困らない。 見上げてくる彼女と一緒に、当時のことをぽつぽつと語り合い始めた。「あのときのあなたの恰好、何だったの?」「うーん、伝えづらいな。どうしようも無いときも、男というのは前進をしなければならない生き物なんだよ」 そう、あの日は嵐が過ぎ去ったばかりで、空が晴れ渡っていたのを今でも覚えている。