かつて、アズリーとポチ、そしてチャッピーが訪れたトウエッドの聖堂。 階段を登り、正面から入り、一つ目の障子、二つ目の襖を開けるのは、アズリーの姉弟子メルキィ。 まだ陽が高い位置にある昼時、メルキィは廊下側から差し込む光にうんうんと頷いている。「随分と立派な建物だね~。それに歴史を感じるよぃ」 正面に座るは、あの時と変わらぬ姿の……称号消しの巫女。「薫と申します。遠路はるばるトウエッドにようこそ」「メルキィでっす!」「えぇ、よく存じております。あのトゥース殿のお弟子さんだとか……」 ピクリと止まるメルキィ。 メルキィがここへ来たのは数日前。巫女との面談を申請こそしたものの、その素性を誤魔化しはしたが、明らかにしていない。 誤魔化しがバレるまでは計算出来るが、流石にそこまでは想定していなかったようだ。「……おっかしぃね~。いや、それでこそ巫女と呼ばれるべきって事かねぃ?」「ふふふ、数十年前から知っていましたよ。あなたがトゥース殿のお弟子になった事も、ここへ来る事も」「っ! まったく、どこまで知っているんだか……」 メルキィは座りながら痒くもない頬を掻いて言った。「貴方がここへ来た理由。それくらいはわかっているつもりです」「それじゃあそれを当ててもらおうかなー?」「ふふふ、ここは面談の場。それに、言葉でかわさなくてはわからない事もありますから」 薫が微笑みながら言うと、メルキィは毒気が抜かれたような顔をした。(全てを知っている訳ではない? そもそも、最初の話自体カマを掛けられた? いやいや、あんなピンポイントで突っ込める訳ないじゃないかぃっ。これはただ単純に僕との会話を望んでいるって事なのかねぃ?) メルキィの様子に、微笑み続ける薫。「別に貴方と敵対する訳ではありません。今は話し合いを楽しみましょう」「……面白い人だねぃ」 全てを見透かしたように言う薫。「む~、いつもは僕がそっちの立場なんだけどねぃ」「確かに、貴方の魔眼も、世界にとっては異例。それは誇ってよい事だと思います」「あちゃ~、この事もバレてるのか。道理でさっきから薫さんの事が読めないと思ってたんだよぃ。まさか僕以外に魔眼持ちがいるとはね~……」 額をぺしんと叩くメルキィ。「さ、手札を切ったところで腹を割ろうじゃないか?」 突如、変化した薫の言葉遣いに、メルキィは目を丸くする。「最近外交ばかりでね、ちょっと肩が凝ってたんだよ」「……ぷっ、あははは。面白い人だねぃ、僕の事はメルって呼んでよぃ!」「では、メル……ここからは真面目な話だ。それだけ世界は困窮の道を歩んでいる」「そうだね、僕もそれが理由でここへ来たと言っても過言じゃないんだから……」 メルキィの真剣な目に薫が頷く。「まず僕がここへ来た理由だよぃ」「予言の碑の事だね?」「うん、あの予言の碑に書かれた彼の者……聖戦士ポーア。あんな伝説上の人間が、実際いるっていうのかぃ? それと、あの予言の碑を書いたのが誰なのかも気になるよ……」 薫は頷き、少しだけ間を取ってから話し始めた。「まず、聖戦士ポーア。彼は私にとっても、素晴らしき友人さ。だが、彼が今どこにいるのかは、知らないんだ」「友人? 実際に会った事があるっていうのかい? ポーアって言ったら五千年以上前の…………いやいや、待ってねぃ? ……薫ちゃ~ん、もしかして師匠と同じアレ……飲んだって事かぃ?」「メル、今大事なのは本当にそこなのかい?」「……違うねぃ。けれど、それならばポーアと面識があるのは納得さ。まさか悠久の雫をねぇ~。うんうん……なるほどなるほど」 情報を整理しながら自分を言い聞かせるメルキィ。「それで、所在がわからないって事は存在はしているって事でいいんだよねぃ?」「……おそらく、としか言えないかね」「ふ~ん、まぁポーアの事はいいさ。問題は予言の碑を誰が書いたか……だねぃ」「私の姉さ」「姉? もしかして姉妹で悠久の雫を飲んだって事かぃ?」 メルキィは自身の記憶にある予言の碑の劣化具合から、それを察した。 その問いに薫は頷き、そして一度だけ咳払いをする。