行かなければならないと強く思っているのはわたしなのに、どうしてわたしだけは近付いてはならないのか。わたしが食ってかかると、フェルディナンドは静かにわたしを見ながら「興奮しすぎだ。落ち着きなさい」と頬をつねる。「君だけが近付いてはならない理由は一つ。図書館の魔術具が主である君の接近を感じ取るからだ。君の魔力の影響を受ける名捧げ済みの者はどうなるのかよくわからぬが、避けておいた方が無難だと思われる」 シュバルツ達が「ひめさま、きた」と出迎え準備をすることで、図書館に敵がいれば相手に接近を気付かれて、待ち伏せをされたり、ソランジュを人質に取られたりする可能性が高いと言われて、わたしは目を瞬いた。「ソランジュ先生を人質に取られたら、こちらが身動きできなくなる。救いたいと願っている君がソランジュ先生を窮地に陥れることになりかねない。騎士達を遣わして内側を探るのが先だ。地下書庫へ入れるのは上級貴族以上で、更に奥へ入れるのは王族と領主候補生のみ。君が行かなければならない時は必ず来るので、少し待ちなさい」 理路整然と諭されると、わたしは受け入れるしかなかった。「ローゼマイン様、マティアスとラウレンツは名捧げをしているので、私とアンゲリカが何人かの騎士を連れて図書館の様子を見てこようと思います」「お願いします、コルネリウス」 アルステーデを連れ出していたマティアスとラウレンツが戻ってくると、入れ替わるようにコルネリウス兄様がアンゲリカと一緒に出ていった。レオノーレではなくアンゲリカを連れて行くのは、素早さとシュティンルークの存在を考慮したためだそうだ。 わたしが二人を見送っている間もフェルディナンドは次々と指示を出して動き回っていた。魔力登録のできる扉に魔力を登録し、ハイスヒッツェ達にランツェナーヴェの道具を入れていくように命じる。「一目で何かわからぬ道具が多い。何度も即死の毒を食らっては堪らぬし、初見の道具や武器は危険だ。銀の武器や防具も全て封じておけ」「この備えを見ると、寝込みを圧倒的多数で襲って正解でしたね。ランツェナーヴェの者達が活動している時間であれば、道具を使って反撃されてダンケルフェルガーには決して少なくはない被害が出たでしょう」 ハイスヒッツェが道具の山を隠し部屋に放り込みながらそう言った。銀の武器や防具がたくさん運び込まれていることからも敵の本気が伝わってくる。「フェルディナンド様、わたくしに何かできることはございませんか? じっとしているのが辛いのですけれど……」「王族と傍系王族の違いについて調べてくれないか? 傍系王族に戻ったジェルヴァージオに何ができて、何ができないのか把握しておきたいと思っている。私の知らないことも君のグルトリスハイトには載っているであろう」 さらっと課題を与えられたわたしは、グルトリスハイトを出して傍系王族について調べていく。傍系王族に登録された時点で、司書による登録がなくても図書館の出入りは可能になること、けれど、王族ではないので地下書庫の更に奥へはわたしと同じように行けないことがわかった。「ならば、ジェルヴァージオがすでにグルトリスハイトを手に入れているということはなさそうだな」 少し肩の力を抜いたフェルディナンドがユストクスとハルトムートに聴取の状況を問うオルドナンツが飛び、捕虜の見張りと図書館へ向かう者に分けられていく。 コルネリウス兄様からオルドナンツが飛んできた。わたしではなく、フェルディナンドに宛てて白い鳥が図書館の様子を語る。「この時間ですから、図書館は完全に施錠されて誰も立ち入れないようになっています。潜入の跡がないかと考えて建物の外を回ったところ、潜入の跡はありませんでしたが、執務室の窓にうっすらと明かりが見えました」 そろそろ一の鐘が鳴るくらいの時間だ。いくら起きるのが早い人でも、側仕えがまだ起きていない時間に自室ならまだしも執務室にいるというのは考えにくい。「窓を破って潜入することも可能ですが、敵の人数が把握できないことを考えると援軍なしには危険の方が大きいと思われます。」「今から援軍と共に向かう。潜入跡がないならば其方等は潜入してはならぬ。図書館の魔術具に問答無用で排除されるぞ。図書館の魔術具の主であるローゼマインの到着を待て」 シュバルツ達がどのように作られているのか研究しまくったフェルディナンドが不正な手段で潜入した者の末路についてオルドナンツに吹き込み始める。聞きたくないよ、と泣きたい気持ちで耳を塞いでいると、オルドナンツを飛ばし終えたフェルディナンドがわたしに手を差し伸べた。「行くぞ、ローゼマイン」「はい」 暗闇の中を約六十騎の騎獣が駆けていく。ハルトムートとユストクスは捕虜の見張り側に残されたが、それ以外の側近達は一緒に図書館へ向かっている。「ハルトムートが残念がっていましたよ。図書館はローゼマインの奇跡が詰まっている場所だから、と」 クラリッサがそう言って指折りわたしがした祝福について挙げていく。初めての図書館に興奮して祝福を行い、シュバルツ達の主になった時の様子を神様表現たっぷりに述べられて、わたしは必死にクラリッサを止めた。忘れたことにしておきたい昔の所業をアーレンスバッハの騎士達にまで知られたくはない。アーレンスバッハを図書館都市にする以上、わたしは皆に尊敬される司書になりたいのだ。「ひめさま、きた」「ひめさま、ひさしぶり」 フェルディナンドが言った通り、わたしは難なく図書館の扉を開けることができた。中に入ればシュバルツ達が出迎えてくれる。「シュバルツ、ヴァイス。ソランジュ先生はどこにいるのかしら?」 わたしが尋ねると、シュバルツ達はひょこひょこと執務室へ向かって動き始めた。「ソランジュ、しつむしつ」「ソランジュ、うごけない」 わたしが思わず駆け出そうとした瞬間、フェルディナンドがわたしを止めた。「君は後だ。ハイスヒッツェ!」「はっ!」 癒しの得意な騎士を連れたハイスヒッツェが警戒しながら執務室へ入っていく。一人の騎士が「罠等はありませんが、ソランジュ先生が倒れています」と声を出した。その瞬間、今までわたしを止めていたとは思えないような速さでフェルディナンドが歩き始めた。足が長い上に大股なので、わたしには咄嗟について行けない。「あっ……」「すまぬ」 バランスを崩しかけたのを支えてもらい、無様に転ばずに済んだことに胸を撫で下ろしていると、フェルディナンドは溜息混じりに「後から来なさい」とわたしに言い置いて、スタスタと歩いて執務室へ入っていく。一人で先に行くなんてひどい。「待ってくださいませ、フェルディナンド様」 今のわたしにできるだけ速く歩いて追いかけようとしたら、レオノーレが軽く手を挙げてわたしを止めた。「優雅にゆっくりと歩いて向かいましょう、ローゼマイン様」「え?」「これまでの気遣いを見ていればわかりますが、フェルディナンド様は恐らくローゼマイン様が到着する前にソランジュ先生の状態を確認して、必要ならば癒しを与えるおつもりだと思われます。殿方の配慮はありがたく受け取っておきましょう」