入学から一年が経ち。いちごは二年生となり、佐藤は卒業した。 新年度が始まると、いちごは得も言えぬ寂しさに襲われた。 保健室に佐藤が来ないのだ。一度しか話したことのない相手だが、いちごは暇さえあれば佐藤のことを観察していたため、その喪失感は想定以上に大きかったのである。養護教諭の吉田先生も、どこか寂しそうな様子で仕事をしていた。 ここで、いちごの決意が固まる。「よっしゃ、うちもメヴィウス・オンラインっちゅうのをやってみよ」 ……佐藤との出会いが最大の転機であったならば、この決断が次いで大きな転機であった。それは何故か。 ――鈴木いちご、メヴィウス・オンラインにドハマりする。 自身が男だろうが女だろうが、どんな格好をしていようが、誰も何も言わない、気味悪がらない、避けもしない。なりたい自分になれる、理想の空間――バーチャル世界。 いちごは、今までの反動からか、ツルッパゲの男らしいむさ苦しい汗臭いダンディなオッサン重装騎士となり、日夜メヴィオンの世界を冒険した。 佐藤の影を追い求めて――。 入学から三年が経つ。鈴木いちごは中学を卒業し、付近の公立高校へと入学した。 彼の学力ならば、もっと上の、それこそ一流の進学校も狙えたのに、彼が希望したのは中学と似たような底辺公立高校。 理由は単純である。佐藤七郎の入学先に調べがついていたのだ。 この頃から、いちごのストーカー気質がめきめきと頭角を現す。 どうしてそれほどまでに佐藤を追いかけるのか。彼は自分でもよくわかっていなかったが、とにかく佐藤のことが気になって気になって仕方がなかったのだ。 結果、いちごは佐藤の後輩として高校に入学した。 だが、入学して早々、いちごは自身の失敗に思い当たる。 そもそも、佐藤は全くと言っていいほど登校していなかったのだ。 高校は中学と違い義務教育ではない。保健室登校など、ましてや保健室のベッドでゲームなど、まかり通ることではなかった。 よって、いちごも自動的に不登校と化す。 ただ、彼は異常に要領が良かった。必要な出席日数を事前に計算し、最低限の出席を確保して、ギリギリで卒業できるように調整していたのだ。最大限学校を休めるよう計算した、計画的不登校であった。 そして、使える時間を全てメヴィオンへと注ぎ込んだ。 彼は見つけたのだ。佐藤七郎を。そう、当時、既に世界一位だったキャラクター『seven』を。 高校卒業。いちごはメヴィオンの片手間に受験勉強をして、東都大学理科二類に現役合格する。 大学入学と同時に家を出て、佐藤七郎の住むアパートの隣の部屋に引っ越した。 当然、佐藤七郎に教えることはなく、教えるつもりもなく、顔を合わせるつもりすらなく。ストーキング、否、こっそりと観察するためである。 その後、いちごは生活費と学費を稼ぐため、三ヶ月ほどデイトレードに集中。向こう五十年ほど困らない額を預金し、メヴィオンと佐藤七郎へと気兼ねなく時間を注ぎ込める環境を作り上げる。 この頃、いちごは軌道に乗り始めていた。 ついにメヴィオンの世界ランキング1000位以内となったのだ。その名も『フランボワーズ一世』。フランボワーズとは“木いちご”を意味するフランス語である。 いちごは、フランボワーズ一世として、頼れるオッサン騎士として、皆に慕われながら、男らしくメヴィオン世界を生きた。今までできなかった男らしいことをいくつもした。声も渋めのダンディな雰囲気に設定したし、口調も無口で不器用な男らしい男を意識していた。