「わ、いらっしゃい、薫子さん。寒くはなかったです?」「こんばんは、マリーちゃん、北瀬さん。ううん、これくらい北海道に比べたら全然平気ですよ。ひょっとしてお待たせしました?」「こんばんは、薫子さん。いえ、ちょうどマリーとゲームをして遊んでいたんです。連戦連敗で困っていたから助かりました」 がんばって操作を覚えようとしても、彼女のほうが上手になってしまうんです、と青年は情けない表情を浮かべる。隣の少女はというと、そんな彼の腕をガシリと掴んだ。「あら、言っておきますけれど、私だってあのゲームを初めて触ったのよ。でもコンボって言うのかしら。あれがとっても気持ち良くって、腰のあたりがゾクッとしたのは確かね」 ほら、こういう感じなんですよと肩をすくめる仕草をされて、情けない顔と得意そうな顔が並んでいるものだから、もう遅い時間なのにくつくつと薫子は笑う。 どうぞあがってくださいと声をかけられて、ドアを閉めると暖かい部屋の空気に包まれた。それもそのはず、部屋には耐熱ガラスつきの暖炉があり、そこから火とかげが短い手を振ってくるのだ。「さすがに私も慣れましたけど、やっぱり不思議な光景ですね。でもいいなぁ、火とかげちゃんのストーブはあったかくて」 うさぎ耳のついたスリッパを履き、しゃがみこんで見つめると、火とかげはフスフスと息をしているらしく鼻のあたりのガラスが曇る。ゴマ粒みたいな目といい、丸い手足といい、この不思議な生き物はなんだろうとついつい指で触れてみたくなる。 これは正確に言うと精霊であり、生き物とはほんのちょっと違うらしい。 と、彼女から枕を受け取りながら北瀬も笑みを浮かべた。「薪ストーブもそうですけど、ぽかぽかした優しい暖かさですよね。ただ、本を読んでいるときまで眠くなってしまうのが難点です」「あら、あなたは寝ちゃダメよ。居眠りをしたらそのまま消えちゃうんですから」 ひょいと彼から枕を取り上げて、少女はそんな不思議なことを言った。 考えてみるとこの部屋には不思議なことで満ちている。少女の両耳は細く長い形をしているし、物音がするとわずかにそちらの方向をピコリと向く。髪と瞳の色もまた珍しいものであり、北瀬などはいつも目で追っている。これは本人も気づいていないようだが、まるで花を追う蝶のようだと薫子はそっと思う。 ふたつ並んだ枕の隣に、薫子が運んできた枕を置くのもまた変わった儀式だろう。しかしエルフ族の子はまるで気にならないのか、小さなお尻をこちらに向けたまま困ったような顔をする。「この子ったらいつもウトウトしているでしょう? 眠さってすぐ人にうつるから、火とかげと一廣さんに挟まれるとすっごく大変なの」 ほら、と言いながら布団をめくると、まるで手品のようにスヤスヤと寝息を立てる黒猫が現れる。 身体をまん丸にして目を線にした様子に、たまらず薫子は吹き出した。 とはいえこの部屋の主人である北瀬こそ、最も居眠りをしないように気をつけている人物だ。車のドライブはもちろんのこと、つまらない会議の最中であろうと新幹線の移動であろうと、幼少のころから注意している。