「恐れ入ります」 フェルディナンドが海を指差す。少しずつスピードを上げ始めた銀色の船が見える。「あの銀色の船には魔力が通らぬ。それは知っているであろう? だが、魔力が通らねば転移できぬ。故に、門に近付いたらあの船は黒に変わるのだ。その瞬間を狙う」 そのためにも帰れると思わせることが肝心らしい。騎獣の方が断然速いので追いつきすぎないように気を付けなければならないそうだ。つかず離れず、攻撃しやすい態勢と距離で境界門へ向かって追いやらなければならないとフェルディナンドは言う。「黒に変わったらローゼマインは人質を守るため、船に向かってアウブの守護を。守護がかかったら、船を粉砕するつもりで総攻撃を行う。黒は魔力を吸収する。生半可な魔力では粉砕できぬ。全力で当たれ」「船を粉砕って……人質はどうするのですか!?」「アウブの守護によって守られるのだ。海に投げ出されてから回収すればよかろう」 ……相変わらず結果しか見てないね! でも、ランツェナーヴェに戻られてしまうとどうしようもなくなる。未知の場所で戦うよりは、フェルディナンドが知っている場所で戦う方が有利だ。「このような魔力任せの手段は、ダンケルフェルガーの騎士が大量にいて、君がアウブでなければ採れなかった。礼を言う」 何班がどの船を攻撃するのかという指示が次々と出され、わたしには回復薬をここに置いておくように指示が出された。「君が回復薬を抱えていても、戦いが起こった時に全員に配って回れるわけではない。回復薬及び魔術具の管理は見習いに任せる。君の護衛騎士を一人出せ」「ローゼマイン様、私が管理しましょう。視力の強化ができるようになったので、必要な回復薬を見習い達に持たせて向かわせることができます。それに、私も見習いですから」 ラウレンツが名乗り出てくれた。アーレンスバッハの見習い騎士と共にここで魔術具や回復薬の補給をしてくれるらしい。「ローゼマイン、君は騎獣を片付けろ。私の騎獣に同乗するのだ」「え? 何故ですか?」 確かに荷物は全部運び出したけれど、どうしてフェルディナンドの騎獣に同乗しなければならないのか。意味がわからない。「君の騎獣はアーレンスバッハの者には間抜けなグリュンにしか見えぬため、事情を知らぬ騎士から攻撃されかけたではないか。アウブに攻撃するのは反逆だ。余計な処分者を増やしたいのか?」 接点の少ないアーレンスバッハの騎士にはわたしの騎獣が全く受け入れられていないことを指摘された。いくらレッサーバスが可愛くてもダメらしい。「それに、乗り込み型では境界門が閉めにくいし、私も指示が出しにくい。何より、乗り込み型では新しいアウブである君の姿が他の者から見えず、披露目にならぬ」 フェルディナンドはどうやらこの機会にわたしを新しいアウブだと徹底的に周知させるつもりのようだ。何となく領主の養女になった時に祝福をたくさんさせられた時のことを思い出した。ハルトムートとクラリッサが城で活動中なのだから、あの時よりひどい結果になるだろう。「フェルディナンド様のご意見は理解できますが、フェルディナンド様が同乗させるのは外聞が良くありません。ローゼマイン様はわたくしの騎獣に……」「そうです。ローゼマイン様は女性騎士に同乗させるべきです。ここではフェルディナンド様がローゼマイン様の保護者だと認識する者は限られています。ローゼマイン様の名誉のためにも女性騎士と同乗させてください」 レオノーレとコルネリウス兄様がわたしを守るようにフェルディナンドの前に立ちふさがった。「ローゼマインに使わせる魔術によっては、領主候補生ではないレオノーレでは不都合がある。他にローゼマインを乗せられる女性の領主候補生がいるか?」「女性の領主候補生ならば、ハンネローレ様がいらっしゃいます」 焦ったようにコルネリウス兄様が周囲を見回し、ハンネローレ様を手で示した。ハンネローレがものすごく気まずそうな顔になった。