――朝起きる。 隣にはプリムラさんが可愛い寝息で寝ているのだが、先に起きてベッドの縁に腰掛けると軽いため息をつく。「なんで、こんなオッサンが良いんだろうなぁ……」 アイテムBOXから出したテーブルの準備をしていると、プリムラさんが起きてきたので朝食にする事にした。 彼女がグラノーラで良いと言うので――彼女に牛乳、俺はコーヒーだけにする。「その黒い飲み物は?」「これはコーヒーって飲み物ですが」 プリムラさんが飲みたいと言うので、一口飲ませてあげる。 まぁ、いわゆる間接キスであるが、いい年したオッサンがそのぐらいでオタオタするはずも無い。 彼女も別段気にしている風でも無いしな。「……あの、苦いんですけど」「はは、慣れると、この味が癖になるんですよ」 食事をしながら、アイテムBOXの話になった。 俺のアイテムBOXの容量の大きさに、マロウさんは気がついていたようだ。さすがに同じアイテムBOX持ちにはバレていたか。 実は、マロウさんのアイテムBOXもそれなりの容量があると言う。だが、それがバレると悪巧み目的で近寄ってくる連中が多いので、ずっと隠していたらしい。 それ故、俺が容量を隠しているのにも、なんとなく察しが付いて黙っていてくれたみたいだな。 取引先のマロウさんが良い人で良かった。たまたま本当に運が良かっただけだがな。 食事が終わったので、川の所までプリムラさんを送って家まで戻ってきた。 彼女の話では、1ヶ月程買い付けの旅行へ出かけるので、その期間はマロウ邸は留守になると言う。 旅行に彼女も同行するようで、大店になっても自分で買い付けをこなすのがマロウ流らしい。「さて、畑でも見るかな……」 だが畑をみると――実がなり始めたトマトの苗が綺麗に全部倒れている。そりゃもう見事に――。「なんじゃこりゃ! もしかして根切か?」 根切ってのは、蛾や甲虫の幼虫が作物の茎の中に入ってしまい、根本から食われ倒れてしまう食害である。 本当に見事に倒れる。葉っぱじゃなくて茎なので倒れたらそのまま枯れてしまう。もう本当に笑うぐらい簡単に全滅する。 元世界の家庭菜園でも、これで一面が全滅して途方に暮れた事があった。「マジかよ! 異世界にも根切がいるのかよ……マリーゴールドは効かなかったか?」 脱力しながらシャングリ・ラを検索――根切用の農薬も確かに売っているが、道具屋の爺さんの所から、虫除けの魔石をもう1個買った方が良いな。 魔石は高いが農薬を使うよりは良いだろう。スローライフと言えば無農薬のイメージがあるしな。 でも元世界の家庭菜園では農薬を普通に使っていた。だって薬を使わないとマジで全滅するからな。 使い過ぎなければ便利な物は使うべきだ。だが、ここには魔石という便利な物があるので、コレを使う。 相当がっくりきたが、このまま放置するわけにもいかない。 ダメになった植物を片付け、堆肥置き場へ持って行くと畑に耕うん機を掛ける。 耕うん機をアイテムBOXへ収納して、鍬で畝を作っていると不意に後ろから声を掛けられた。「もし」「は?」 ふり向くと見覚えがある顔だ――それは俺の店に、よく来てくれる騎士爵様だった。 だが、いつもと違い立派なプレートアーマーを着込んでいる。フル装備って奴だ。「貴公は……森の中に怪しい男が住んでいるという事だったので、調べにきたのだが」「これはこれは騎士爵様。こんな所でお会いするとは」「森の中に住んでいるというのは貴公だったのか」「ええ……まぁ。しかし森の中に住んではいけないという決まりも無いので御座いましょう?」「それはそうだが……よくこんな所に、このような家を建てたな」 彼は俺の建てた家を眺めているが、ちょっと呆れているようにも見える。「結構、苦労しましたよ」 苦笑いする俺だったが、騎士様は外に並んでいる太陽電池パネルに気がついたようだ。「あれは?」「え~と、あの……魔法に関する物なので、申し訳ございませんが、お話しする事ができません」 ヤバい! やっぱり、あれは目立つよなぁ。だが快適な生活のためには、どうしても電気は必要だし。 人がいないような僻地では、街へのアクセスが面倒になるし……。「魔法? あのような奇々怪々な物を使うとは――貴公は魔導師なのか?」「ええ、まぁ……申し訳ございませんが、この事はご内密に……」 俺が、アイテムBOXから金貨を出して、彼に手渡そうとすると手で制された。「そうだな――貴公が強力な魔法を使う魔導師と解るといささか拙い事になるな」「それ故、ひと目を避けて、ここで暮らしていたのですが……」 勿論、大嘘だが。人目を避けていたのは本当だ。