触れるか触れないかという距離で、そう囁かれる。 たったそれだけで、僕の頭はジンと痺れてしまう。心地よい声のせいか、それとも甘い吐息を嗅いだせい? ひと目見ただけで生涯忘れられないという逸話を持つ半妖精エルフ族。その意味を理解するほどの愛らしさで、ふっくらとした唇が頬を撫でてくる。「えっと……男性らしく、支えてくれると嬉しいわ」 そう囁かれ、操られるように僕は腰を支える。驚くほど華奢な腰つきは、これまで食べてきた食事の栄養が、どこかへ消えてしまったかのようだ。 指先から伝わる肌の柔らかさ、体温、そして鼻をくすぐる少女だけの香り。 いかにもやわらかな唇から、吐息がわずかに届く。 さらりと頬をなでてゆくのは彼女の髪で、カーテンのように視界を覆いつつある。そうして吸い寄せられる先は、わずかに開かれた桜色の唇だった。 つぷり……。 それはぴくっと肩が震えるほど柔らかく、唇の少し内側まで触れてくるものだった。 触れた身体からは彼女の鼓動が届き、そしてようやく唇を離すと互いに肺へ酸素を満たす。 夜の湖畔らしく清々しい空気は美味しく、そして再びもたらされる恵みは果実の甘さを残している。 この熱は、どちらから発せられているのだろう。互いに体温をゆっくり高め合い、吐息さえ熱を含んでゆくのをただ感じる。 離れてゆく感触に、ゆっくりと瞳を開いて見上げる。そこには頬を赤く染めながらも、笑みを向ける少女がいた。「ね、素敵なデート先を教えて頂戴。きっと無理でしょうけれど、もし私を驚かせたらあなたの勝ち」「……うん、それは難しいね。僕に言えるデート先なんて高が知れているよ。海を縦に切り割いて、魚の群れを好きなだけ鑑賞できる施設くらいだ」 こちらの言葉が聞こえていなかったようにマリーは瞳をぱちっぱちっと瞬かせ、それからじいっと覗き込んでいる。嘘か苦し紛れの冗談か見極めようとする瞳だった。 ならば僕が伝えるべきは、疑惑を打ち砕くほどの言葉だろう。そこが実在する場所かどうか、その答えを伝えてあげれば良い。