あれから言葉少なに僕らは帰途についた。 どこか身体は熱っぽく、そのせいでいつもより安全運転を心がけていた記憶はある。 やはりおじいさんの用意してくれた夕飯は美味しかったが、あまり味を覚えていないというのが正直なところだ。たぶんエルフの甘い味がまだ残っていたせいだろう。 それほどに桜と少女の印象は強く、ざぼりと湯船へ肩までつかっても頭を占めていた。 ――ちょうどその時のことだ。 古びた流し場には皿が積まれていた。 ガラス窓の向こうには夜の帳がとっぷりと広がっており、カチャカチャと少女は洗い物をしている。隣に立つ老人は手渡された皿を布で拭き、カゴへとしまう役割だ。 ちらりと老人は隣を眺めるが、心ここにあらずという様子で少女はそれに気づけない。 とはいえ老人にしてみれば心配するような事では無いと分かっている。まだ幼ささえ覚えるマリーから上機嫌な気配が伝わってくるからだ。「うん、何か良いことがあったかな」 その一言に皿を落としそうになったが、予期していたよう皺だらけの手がそれを掴む。ありがとうございますと言う少女へ「なんでもないよ」と瞳で笑いかけた。 こう見るとおじいさんの笑みは彼とよく似ているかもしれない。日焼けをし皺を刻んではいるが、深い夜色の瞳はどこかほっとするものがある。「……驚いたよ。青森に戻ったあの子がずいぶんと明るくなったからね」 そう言われ、マリーは小首を傾げる。彼が言っているのは北瀬 一廣のことだとすぐに分かったが、それほど暗い人だったろうかと思ったらしい。 薄暗い電球が染めるなか、老人はくぐもった声で笑う。 怪訝に思いつつ少女は皿に水をかけ、汚れと泡を流してゆく。「あの子は可哀想な子でね、娘がどうしようもないから俺と婆さんで引き取ってさ」 当時を思い出しているのか、どこか遠い目をして老人はカゴへ皿を置く。次をおくれと手で示すと、思い出したようマリーは皿を洗い出した。 ちらちらと少女が老人を見上げているのは、きっと話の続きを聞きたいからだろう。「人も動物も料理もあの子はまるで興味を示さなくて、代わりによく眠っていたよ。ほんと気持ちよさそうで、いつかそのまま消えちまうんじゃないかと……俺はね、それだけが怖かったよ」