「ここが地下ボクシングの会場……なんか、緊張しちゃうな」 黒いポニーテールを揺らしながら、地下へと続く階段を降りていく。暗く、階段と靴が触れ合う音しか聞こえない空間に不安が強くなってくるけれども、今更戻るわけにはいかない。とりあえず持ってきた体操服の入った布袋を抱きしめながら、錆びついた階段を降り続けていく。 薄明かりがちかちかと点滅を繰り返す中、梨花はようやく入り口と思しき、鉄製の扉の前に辿り着いた。異様に暑く感じる中、汗で濡れた手で、取っ手を掴む。 鈍く錆びついた音を鳴らしながら、扉と部屋の間に出来た隙間を通り、中へと入り込む。まず、強烈なアンモニア臭と血の臭いが鼻腔を通り抜けた。思わず鼻を手で覆いながらも、斜め前に位置するリングへと目を向ける。 血に塗れた顔でぐったりと、大の字に倒れ込んでいる1人の少女。上半身は裸で、体中が液体で濡れているように見える。アンモニア臭の正体は彼女のトランクスの周りに広がっている、彼女の尿に違いない。 心臓の鼓動が早まり、呼吸が苦しくなってくる。頭を支配するのは死のイメージ。逃げ出そうにも、足は震え、うまく動かすことさえできない。「この闘技場に何か用かしら?」 突然声をかけられ、びっくりしてお尻を床につけてしまう。逃げ出さないと捕まってしまう。「な、なななんでもないです……!!」 「怖がらなくても大丈夫だよ」 さっきの姿を見て、怖がらないという方が難しい。涙目で首を小刻みに震わせながらも、話しかけてきた存在がいるはずの正面へと目を向ける。 明るいブラウンの髪をセミロングと呼べるくらいに伸ばした、優しそうな女の子が目の前にいた。恐らく、自分と同じくらいの年齢だ。「私、白峰雪っていうの。よろしくね」 優しく差し出された手に思わず掴まりそうになるが、直前で手を止める。この手に掴まって良いのだろうか?「安心して、私も今日来たばかりだから」 穏やかな笑みで、腰を屈めて顔を近づけてきた。よく見ると、彼女の手も軽く震えていた。表情も自然な笑みというより、無理して笑顔を浮かべているように見える。「なんでここにきたの?」 「部活仲間との話で……実際はどうなのか、やってきて欲しいって」 「私は……ちょっとお小遣いが足りなくて」 2人で手を握り合いながら、受付のある扉を開けて中に入っていく。全体的にどこも錆びている様子から、随分と長い間、使われていることが分かる。