「イブ、あとどれくらいもつ?」「……ご命令とあらば私の部屋へ案内致しますが、しかし」「そうしろ」 極秘会話を早々に切り、見上げる少女へと笑みをこぼす。これ以上ない整った顔立ちは、まるでおとぎ話のように映るだろう。ただの森から出てきた娘にとって刺激が強すぎるかもしれない。「ああ、マリアーベル、貴女と友達になりたいだけなのに。これでは隊長の悪口を言いに来たみたいだ」「友達……。その、困ります……。間に合ってますから」 間に合っている、とは? 変な宗教か何かと勘違いされているのだろうか。 それにしても、このどうしようも無い流れに腹が立つ。押しても引いても良い結果に繋がらず、イライラは募るばかりだ。 身分も顔も、地位も権力も持ち合わせ、そして女性への扱いも手馴れているはずなのに。 ――ならば、その鈍い心臓に楔を打ち込んでやろう。 腕を掴み、腰を抱き寄せる。 舞踊のように自然と少女の身体はのけぞり、こちらへ艶のある唇を差し出す格好となった。 しかしこの華奢な腰つき、そしてゾクリとするほど手触りの良い肌は……見開かれた瞳はアメシスト色に輝き、宝物にしたいという欲望が湧き上がる。 そう、己だけのものにしたい。盲目的に従わせ、ときおり罰を与えて主人との絆を日に日に高めてやりたい。ぞくぞくと腰を駆け上がる感覚は久しく覚えていないものだ。「失礼、遠まわしに言い過ぎていた。マリアーベル、貴女をひと目見たときから忘れられない。君の瞳は美しすぎる」 まさか、心臓に楔を打ち込まれたのはこちらなのでは? そう思うほどザリーシュは己の欲望をはっきりと感じ、そして妖精へ口付けしようと距離を狭めてゆく。 ああ、このゆっくりさが良い。トクトクと鳴る心臓は小鳥のように可愛らしく、そして確かにある柔らかな胸の感触、ぐいいーと離れてゆく彼女の顔……ん、離れてゆく? ごちゅ!と変な音がし、少女の可愛らしいおでこが鼻に減り込んだ。「おぐーッ!」 思わずエルフを手放し、ぺたりと鼻に触れてしまうほどザリーシュは驚愕した。いや、もちろん痛みは無い。この世界はレベルというものが絶対であり、鼻血などみっともないものを流すわけがない。「いい加減にしてください、いま衛兵を呼びますので!」 そう怒気も露に、おでこを赤くするエルフから言い放たれた。 まさか、未来の勇者を相手にして衛兵を呼ぼうとするとは。もちろんそのような存在など簡単に潰せる。しかし鋼のような自尊心に傷がつき、しばらくザリーシュは動けなかった。