しかしローマはなんとなく、街が茶色っぽいイメージ。古代遺跡が街中に溢れているせいかなぁ。パリが京都なら、ローマは奈良って感じ。ローマはローマ帝国の歴史が好きな人にはたまらないんだろうなぁ。でも古代ローマ文明ってちょっと暑苦しくない?古代ローマ人って美食をとことん楽しむために、満腹になると孔雀の羽根を喉に突っ込んで吐いて、また食べるなんていうとんでもないことをしてたんでしょ。なんだ、その発想。貪欲すぎて引いちゃうよ…。 でもヴァチカンは好きだ。サンピエトロ大聖堂やシスティーナ礼拝堂は荘厳で、大きなピエタ像や、天井の宗教画に圧倒される。でも人が多くてじっくり観られないのが難点。1日かけて観たいね。 ヴァチカンには切手好きにはたまらない、ここでしか手に入らない美しい切手があるから、それを使って日本のみんなにエアメール。エアメールが届くよりも先に、私が帰国しちゃうんだけど、ヴァチカンといったら切手だもんね~。送りたいじゃない。 あらかじめ昨日ホテルの近くで買った、美しい宗教画絵葉書に住所とメッセージを記入してきたから、ここでは切手を貼るだけで大丈夫。本当はヴァチカンで売ってる絵葉書を使いたかったんだけど、その場で書く時間がないんだよ~。ヴァチカン絵葉書はお土産に買って行こう。あぁきれいな切手がいっぱいだ。記念にたくさん買っちゃうぞ。切手好きの血が騒ぐわ~。もう、目移りしちゃうっ!これは前に来た時に買ったな。こっちは持っていなかったはず…、新作かな。雪野君達には天使の切手が似合うよね!お兄様と璃々奈には聖母子像切手。この切手はきれいだから大好き。お父様とお母様にはサンピエトロ大聖堂。桜ちゃんや葵ちゃん達にはどれにしよっかな。やっぱり絵画切手かな。そしてみんなに隠れてこっそり自分宛てにも送る。“麗華ちゃんお元気ですか?”「吉祥院さ~ん、集合時間だって」「は~い」 佐富君が呼びに来た。ごめんね、私もクラス委員なのに。「吉祥院さんはさぁ、明日の自由時間にカタコンベは観に行かないの?」 行くか、バカ!なにが楽しくて、山盛りの骸骨を観なきゃいけないんだ。佐富君、絶対にわざとだよね?!残りわずかの清めの塩は、部屋にではなく佐富君にかけるべきか…。「あれ?吉祥院さん。背中の巻き髪が獣の数字になってるよ?ヴァチカンで獣の数字を数えちゃやばくない?」 ……決めた。残りすべての塩を佐富君にぶちまける! 次の日の自由時間、私達はもちろんカタコンベなどという恐ろしげな場所には赴かず、ショッピングとおいしいイタリア料理を堪能することにした。「ローマに来たらピザは外せませんよね~」「私が前にローマに来た時に行ったお店はおいしかったですわよ」「じゃあそこにする?」 きゃいきゃいと女の子達だけではしゃぎながら歩いていると、あちこちからピーッという口笛や「ヘーイ!ジャパニーズ!」「ピザ?ピザ?」とふざけた声がかかる。不愉快。キリスト教総本山のお膝元で昼間っからなにをチャラチャラと…。シエスタシエスタ言ってないで働け! 私達はピザが評判のトラットリアでマルゲリータやアマトリチャーナを食べ、スペイン広場近くのお店でジェラートを食べた。次はティラミスよ! おなかが満たされたらショッピング。耀美さんにはオリーブオイルをお土産にしよう。チーズはありったけ買い込んじゃう!ペコリーノロマーノにチーズの王様パルミジャーノ・レッジャーノ!イタリアの銀行ではパルミジャーノ・レッジャーノを担保にお金を貸してくれるって本当かな?お菓子はパリで買ってあるからローマではほどほどに。でもジャンドゥーヤは忘れずに。あぁっ!おしゃれなイタリア文具!封蝋欲しいっ!薔薇の印璽おしゃれすぎる!“R”の飾り文字印璽は絶対に買いだわ!手紙に封蝋って、お貴族様みたいだよね~!香り付きのボトルインクも可愛い。ガラスペンと対でお土産に配ろうかな。羽ペンも買っちゃう?「買いすぎましたわね?麗華様」「ええ…」 腕がもげそうだ。 修学旅行最後の夜は、いつもの仲良しメンバーで部屋に集まり、ヨーロッパの乾燥した空気で潤いの足りなくなった肌にパックをしながらごろごろ。さすがに疲れたよ。「スケジュールがぎっしりでしたけど、楽しかったですねぇ」「本当。どの国ももう少しゆっくり滞在したかったですけどね」「今度またみんなで来ましょうよ。卒業旅行とかで」 卒業旅行!行きたいっ!私はガバッと起き上がった。「いいですわね!卒業旅行!絶対に行きましょう?」「そうですね!麗華様はどこに行きたいですか?」「う~ん。今回と同じくロンドンやパリでもいいですけど、スペインや北欧もいいですわよね?イタリアならミラノやフィレンツェとか」「ヴェネツィアも行きたいわ」 ヴェネツィアかぁ。未来の恋人とゴンドラに乗るのが密かな夢なんだよね。デコラティブされた日傘を差す私の傍らで、優しく微笑みながら愛を囁く未来の恋人。あぁ、うっとり。「ヴェネツィアといえばゴンドラですけど、セーヌ川の遊覧船も楽しかったですよね?」「そうね!乗って良かったわ」 うん。ちょっと寒かったけど楽しかった。「結構、セーヌ川下りをした子達って多かったみたいですわね」 そうだ。しかもそこで何組か修学旅行カップルが生まれたという噂も聞いた。許せん…っ。結局私に修学旅行ロマンスはなにひとつ生まれなかった。男子から自由時間に一緒に回ろうとのお誘いすらなかった。普段鏑木に熱を上げている蔓花さん達も男子達とパリのオープンカフェでお茶を飲んでいた。前を通った時にふふんと笑われた気がするのは私の僻みであろうか…。蹴鞠大納言がスペイン階段で女子に話し掛けようとした時には、その真ん中を通って邪魔してやった。けけけ。 でもまぁ、修学旅行でくっ付いたカップルは短期間で別れるって言うしね。一過性のものでしょ、きっと。みんなすぐに我が村に戻ってくるに違いないわ。ホーッホッホッホッ。「麗華様、なんだか目が据わっていますけど…」 あらいけない。妬み嫉みが目に出ちゃった。 パックが浸透したようなのでペロンと剥がす。どれどれ、お肌の調子はどうかな?ぷるぷるだねと鏡を見て仰天した。「ないっ!白毫がないっ!」 そんなバカな!おでこの生え際を鏡で何度も確認してみる。嘘っ!本当になくなってる!幸運の印、白毫。抜けた眉毛の代わりに生えてきた私に福をもたらすはずの白毫が、なくなってる! 「どうしたんですか?麗華様!」「なにがないんですか?」「白毫がなくなってるの!私のおでこにあった白毫が!」 私はみんなに必死に訴えた。いつからなかった?!パックと一緒に取れた?!でもシートパックだから剥がす時に抜けるってことはないはず?!「白毫ってなに…?」「さぁ…」「白くて長い毛のことみたいよ」「あぁ、おじいさんの眉毛みたいな?」 違う!仙人眉毛のことじゃない!白毫はお釈迦様のぐるぐるだ!そして私のおでこの生え際の透明な毛は正確には白毫ではなく宝毛だ!人を呪わば穴二つ。私のあまりの恋愛謳歌村を妬む心に幸運が逃げちゃった?!帰国後の私の恋愛運に暗雲の予感?!「まぁまぁ、麗華様、落ち着いて」「疲れているんですわ。さぁ、もう寝ましょう」「でも、白毫が…!宝毛が…!」「大丈夫ですよ~」 白いパックを顔に貼り付けた芹香ちゃん達は私をぐいぐいとベッドに押し込めると、その周りをぐるりと取り囲み「眠れ~、良い子だ眠れ~」と手をゆらゆらさせながら歌いだした。えっ、黒ミサ?!「あ、あの…」「大丈夫ですよ~、麗華様。さぁ、眠りましょう」「疲れているんですよ、麗華様は。眠れ~眠れ~」「眠れよ眠れ~、麗華様眠れ~」 照明の落とされた薄暗い部屋で私を取り囲んで歌い続けるスケキヨ達。どうしよう。芹香ちゃん達はなにか悪魔的なものを信仰していたのだろうか。私の獣の数字が目当てだろうか。清めの塩はもう使い切ってしまった。私を守る白毫もない。万事休す!