「もうすぐ冬が終わるらしいですよ、ノートくん」「まだまだ全然寒いのにな。ああ、早く春になってくれないかな……」 暦の上では冬も終わろうとしている、雲一つない空模様のこの日。 俺とロズリアは、朝から外に出かけていた。 こうして休日に顔を合わせるのは何週間ぶりのことだろうか。 毎週のように仕事があると噓を吐き、週に一回だけの平日デートで済ませていたので、彼女と丸一日遊ぶのは久しく感じる。 ロズリアには大変悪いことをしていると思っている。 約束を破って、冒険者を辞めるという夢を捨てきれずに修業に明け暮れて。 二人の時間を作れないでいる。 これは完全なる裏切りだ。 本来なら、そういった裏切りは即座に止めるべきなんだろうが、その選択をするつもりはなかった。 夢と呼べないような仕事をして、退屈な日常を送っている自分にとっては、ヒューゲルとエイシャとの修業は生きる活力そのものだ。 ロズリアのために、その時間を切り捨てることはできそうになかった。 幸い、昨日からヒューゲル達は仕事で家を空けていた。 修業相手がいなくなって暇になったことで、この度こうしてゆっくりとロズリアと遊ぶ時間ができたというわけだ。 罪滅ぼしになるかどうかはわからないが、今日だけは目一杯ロズリアを楽しませよう。 そんな気持ちで今日のデートに臨んでいた。 朝早くから王都の観光スポットを回って、昼食には背伸びした高めの店に入って、今はカフェで一休憩取っているところだ。 これから彼女の希望を聞いて、候補地から次の行き場所を決める。 それで夜は予約した高級レストランで食事をする。 今日の予定はこんな感じだ。「これからどこに行きたいとかある?」 テーブルに肘をつきながら外を眺めているロズリアに投げかける。 道端の雪は既にほとんど溶けていて、水たまりとなって地面を濡らしていた。 こういう光景を見ると、冬ももう終わりなんだなと実感する。「ノートくんは、今日はこの後、仕事は入っていないのですか?」「うん、今日は一日休み貰えたから。ずっと遊べるよ」 ロズリアの横顔を見つめながら答える。 すると、彼女は瞳を閉じて言った。「ちょうど先々週になりますかね。デートが取り止めになった日です。わたくし、ノートくんの仕事場に行ったんですよ」「――え?」 ロズリアの口から出た言葉に、俺は固まった。「わたくしはその日は休みでしたから、仕事を頑張っているノートくんにお弁当でも届けようと、サプライズするつもりだったんです」 彼女はそのまま流れるように話していく。「でも、ノートくんはいませんでした。それどころか、職場自体が休みの日だったんですよ。おかしいですよね……。人が足りなくなって、仕事に出なくちゃいけないからって、デートを断られて。けど、実際ノートくんはその日働いていなくて」 やがてロズリアはゆっくりと目を開いた。「何かの間違いだと思って、その次の週も確認しましたけど、同じでした。一体、ノートくんは何をしてたんですか? 仕事で忙しいってのは全部噓だったんですか? そんなに わたくしとのデートが嫌だったんですか? 好きな女の子とデートでもしてたんですか?」 彼女は潤んだ瞳で問いかけてきた。「またどこか行ってしまうつもりなんですか?」 いつかはバレる噓だと思っていた。 彼女を裏切るような願望を抱いていることも、約束を破ったことも。 だけど、こんな形で。こんな風に、全てが崩れることになるとは思わなかった。 今日はロズリアにとって、最高に楽しい日にするつもりだったんだ。 今日だけは。彼女のことだけを考えるって決めていたんだ。 けれども、それは俺の卑劣な噓で、壊されてしまった。 ロズリアを泣かせてしまった。「ごめん……」「謝らなくていいですよ……。本当にノートくんが悪いことしているみたいじゃないですか? 違いますよね? 何か致し方ない事情があったんですよね?」「違うよ。全部、俺が悪いんだ……」「やめてください、そういうの……。その先は聞きたくないです……」 ロズリアは涙を流しながら、首を振り続ける。「あれですよね? わたくしがちょっとうざったくなっちゃっただけですよね? 毎週のように会っていたから、少しの間だけ距離を置きたくなっちゃっただけですよね? そうですよね? そうだと言ってください」「そうじゃない――」 もうやめよう。噓を吐き続けるのは。 約束はとっくに破られているのだ。 今更取り繕って、自分の罪を誤魔化しても手遅れだ。