小皿に載せて差し出されたものの匂いを、俺はくんくんと嗅ぐ。 そのとたん、芳醇な蜂蜜とチーズの匂いが、鼻を幸せいっぱいにした。「わふぅ……!(あー、これ絶対うまいやつー!)」 それは白カビに覆われたチーズをじっくりと炙ったものだった。 外側はカリッと固く焼いてあるのに、切り分けられたところから見える中身はとろりとしたチーズが今にもこぼれそうに震えている。 その上からふんだんに蜂蜜がかけられ、アクセントに荒く挽いた胡椒がぱらりと振られている。 食べる前からわかる。 これ絶対うまいやつだ。「わん!(いただきまーす!)」 俺は舌で巻き取るように切り分けられたチーズを食べると、もしゃもしゃと咀嚼する。「わふー!(甘あんまああああああい! ピリッとしてて、かつ甘んまあああああい! 後から抜けてくるチーズのしょっぱさと香りがサイコー! うひょおおおおおおお!!)」 俺はつまみの美味さに有頂天になった。 チーズの風味が舌に残っているうちに、琥珀色の酒を舐める。「わふぅ……(なにこれぇ……たまらなぁい……。楽園パライソか……。ここがパライソなのか……)」「くっくっ、これは良い飲み仲間が出来たものだ。近頃は誰も酒に付き合ってくれなくてな。お前がきてくれて嬉しいよ、ロウタ」 パパさんは少し疲れた顔で微笑むと、自分も琥珀酒とつまみに手を伸ばした。「少し前のことなんだが、夜中に凄まじい轟音が森の方から聞こえてきたのだ」 と、ふいにパパさんがつぶやいた。「わぐ(んぐむ……?!)」 俺は思わず酒を噴き出しかけた。「だが、私以外に聞いたものがいなくてな。聞き間違いだといいのだが、少し心配になってな」「わ、わん(そ、そっすか。不思議っすね……)」 それ多分あれだわ。 ビームで迷宮ぶっ壊したときの音だわ。ビームだけじゃなくて、迷宮が崩れるときの音も相当だったもんな。「こうして、音を聞いた時間まで起きるようにしているのだが……。ロウタ、お前はなにか知らないかね?」「わ、わふん?(さ、さあ。何のことやら……)」「…………」「…………」 じいっと俺たちは見つめ合い、パパさんは椅子の背もたれにどかっと体を預けた。「はっはっは、何を言っているんだろうな、私は」 額ひたいに手を当てて、パパさんは楽しそうに笑っている。「お前が知っているワケがない。どうやらかなり疲れているようだ。結局あの音もあれから一度もしなかった。やはり私の杞憂のようだ。これを飲んだら、もう寝るとしよう」「わ、わんわん(そ、そっすよ! それが良いっすよ! 寝て! 寝てそして全部忘れて!)」 パパさんの代わりに、俺の酔いが覚めちまったよ。 その後、俺たちは美味しい酒とつまみに舌鼓を打った後、灯りを消してその場で別れた。 ちなみに、つまみでは量が足りなかったので、結局台所に忍び込んで、あれやこれや失敬した。 即日バレた。