「あり得ないわよ。もう色々とあり得ないけど……とにかくあり得ないわよ!」「シェリィ様。落ち着いてください」「マリポーサ! 聞いた!? あいつ、タイトル戦出場者全員を敵に回したのよ!? しかも八冠とか言ってなかったかしら!? 自信満々に!」「仰っていましたね」「何処まで私の先を行くつもりなのよぉーっ!!」 観客席にて、セカンドのスピーチを聞いていたシェリィと、メイドのマリポーサ。 頭を抱えて悔しがるシェリィを、マリポーサは普段からヘレスに向けるような呆れた目をしつつも宥める。 シェリィは霊王戦の出場権利をまだ得られていない。現状、丙等級ダンジョンのグルタムを周回してちまちまと経験値を稼ぐのみ。彼女の目指す先は、随分と長そうであった。「追いつけなくなっちゃうかも~って思って焦ってるんですよね~。マスター」 にやにやと、彼女の使役する土の大精霊テラがからかう。「うるさい! 違うから! ただ勝てるイメージが微塵も湧かないだけよ!」「あ~。無理ですね~……」「ソッコーで諦めるなぁ! きっと何処かに弱点があるわよ。きっと……」 ぶつぶつと呟くシェリィ。 そこへ、一人の来客が訪れる。「あの、シェリィ様」「あら? チェリじゃない」「はい。お久しぶりです」 第一宮廷魔術師団のチェリであった。二人の関係は、あの一件以来ずっと良好だ。「貴女も観戦にきてたのね」「ええ。それで、その……何か、この“あり得なさ”みたいなものを、誰かと共有したくて堪らなくなって」「分かるわ、それ。すごーくよく分かるわ。あいつのことよね?」「そうです。笑うしかないですよもう」「ねー。呆れるわ、ホントに。それで多分、夏季には八冠獲っちゃうんだから怖いわ……」「頭おかしいですね。いや、凄いんですけどね?」「うん。そう。凄いのよ。頭おかしいけど」 笑い合う二人は、悪口を言っているように見せて、その実、セカンドを褒めちぎっていた。あまり素直ではない二人ならではの回りくどい称賛の方法であった。こういった何気ない部分でも、彼女たちはとても気が合うのだ。 それから、二人は夕食を共にして、心ゆくまでセカンドという男について語り合った。 翌日は、彼の家でパーティである。だから、あまり、飲み過ぎないように……。